海老田 大五朗、2018、柔道整復の社会学的記述

目次と書誌

  • A5判・247ページ
  • 4,700円+税
  • 発行日:2018/10/23
  • ISBN-10: 4326603127
  • ISBN-13: 978-4326603121
  • 出版社: 勁草書房 |

 柔道整復師は患者から情報を引き出し、患部を探し当て、施術する。これらの見立てや施術は柔道整復師と患者の相互行為によって成立する。「それらを可能にするために柔道整復師は何をしているのか」という問いから見えてくる、柔道整復師たちの実践的知識や方法論。「柔道整復」の成り立ちや医療場面の研究方法論も類無き検討。
勁草書房HPより

目次

 序章 社会のなかの柔道整復
第Ⅰ部 本研究の対象と方法
 第1章 柔道整復師はどのようにしてその名を得たか
 第2章 柔道整復師と接骨院
 第3章 医療場面のエスノメソドロジー研究
 第4章 相互行為の「薄い/厚い」記述とヴィデオデータ
第Ⅱ部 見立てにおける相互行為
 第5章 問診
 第6章 触診
 第7章 プロフェッショナル・ヴィジョン
第Ⅲ部 施術における相互行為
 第8章 身体に電気を流す
 第9章 身体を固定する
 第10章 ストレッチング
 第11章 セルフストレッチングの指導
 終章 本書のまとめ
あとがき
文献
索引

本書から

 本書の目的は、柔道整復を記述すること、より具体的にいえば「接骨院というフィールドにおける柔道整復師と患者との相互行為を記述すること」である。これは筆者が相互行為の分析を好むという、研究者としての単なる趣向の問題ではない。筆者はあるとき柔道をしていて、右手小指の軟部組織損傷をした。小指の第一関節が曲がったまままっすぐにならないのである。このときの柔道整復師の見立ては、いわゆる「マレットフィンガー」というものであった。このため筆者はある柔道整復師に施術された。いわゆる金属副子をあてた保存療法である。このとき柔道整復師は筆者に対し、「指(小指の第二関節)を曲げてください」と軽く曲げることを指示してきたのである。それに対し、筆者は柔道整復師の指示に従い小指を曲げた。すると柔道整復師はまた「もう少し曲げてください」と指示してきたので、筆者はまた柔道整復師の指示に従い小指を曲げた。これに対し、柔道整復師は「そうそう、その形です」と言ってその筆者の曲げた右手小指に沿うようにして金属副子をあて、上からテーピングを巻いたのである。こうした施術を受け終え、固定された自分の小指を見たとき、筆者はある当たり前のことに気づいた。「柔道整復師にとって日常的な施術は、(他の医療行為や介護行為と同様に)柔道整復師と患者との相互行為によって達成される」ということである。筆者の固定された小指の形は、まさに柔道整復師と患者(この場合は筆者)との相互行為によって形成されたものだった。柔道整復師の施術が、柔道整復師と患者の相互行為によってなしとげられるものならば、その相互行為に直接アクセスし、その相互行為を記述するというのが本研究のかまえである。
(『柔道整復の社会学的記述』pp.8-9)
勁草書房編集部「ウェブサイト あとがきたちよみ『柔道整復の社会学的記述』」

著者に聞く ── 一問一答

本書を出版しようと思った動機やきっかけを教えてください.  基本的には「人文・社会科学系の博士論文は出版されるべきである」という規範?常識?に従っただけです。直接のきっかけとしては、編著者として携わった『コミュニティビジネスで拓く地域と福祉』(2018年2月。ナカニシヤ出版)の出版が挙げられます。この本は、頑張って編んだり書いたりした本ですので、思い入れは相当ある(し、EMCAとはほとんど関係ないけどみなさまにもぜひ読んで欲しい)のですが、研究者としての自分の立ち位置をはっきりと示すためには博士論文を出版しなければならないと、この本の出版後強く思うようになりました。
構想・執筆期間はどれくらいですか?  チャールズ・グッドウィン先生の博士論文を読んで、自分もこんな博士論文を書いてみたいと思いました。だいぶ異なる研究になってしまったような気もしますが。ここから、博士論文の像を描けるようになったのだと思います。このあたりの青写真を描いたころから数えると、出版までに18年くらいかかったことになります。実際に柔道整復で博士論文を書こうと覚悟を決め、接骨院でデータをとらせていただいたのは2009年から2010年、成城大学大学院へ博士学位を申請し、学位を拝領したのが2013年、出版が2018年です。
編集作業中のエピソードがあれば教えてください。  学位を受けてから出版までのあいだに、『概念分析の社会学2』(2016年。ナカニシヤ出版)出版準備のための研究会に十数回参加しました。ここで研究方法論を精緻化する重要さや出版に向けて研究と向き合うことの厳しさを教わりました。詳しくはこのホームページの「酒井泰斗・浦野 茂・前田泰樹・中村和生・小宮友根 編、2016、『概念分析の社会学2──実践の社会的論理』」もご参照ください。また、『ワークプレイス・スタディーズ』(「水川喜文・秋谷直矩・五十嵐素子編、2017、『ワークプレイス・スタディーズ──はたらくことのエスノメソドロジー』」)にも論文を掲載いただける機会をいただきました。この論文集出版へ向けて編者のみなさまからたいへん厳しいご査読を受けました。この論文は本書の第7章にも収められています。
 これらの経験がなければ、本書は出版までたどり着かなかったのではないかと思います。
本書の「売り」は、どのようなところにあるとお考えですか?  分量のバランスはよくないのですが、映像データを扱った研究(5章から11章)と歴史的資料を扱った研究(1章および2章の一部)が同じ研究プログラムのもとで分析され、一冊の本として成立しているところです。
実践家にとくに読んでほしい箇所はありますか? またその理由は?  1章、2章および5章から11章です。特に1章ですが、柔道整復師にとって「柔道整復」という名前のもとでどのような職業アイデンティティを形成するかは、専門職として重要な問題だと認識しています。特に柔道整復師養成校の先生方に読んでいただくのがよいのではないでしょうか。5章から11章は柔道整復師養成校の学生のみなさまや、臨床に出て1~2年目の柔道整復師のみなさまにとって、得るところが大きいように思います。
社会学者にとくに読んでほしい箇所はありますか? またその理由は?  4章です。映像データを使用した厚い記述をここまで擁護した研究は希少なはずです。
どのような方に、どのような仕方でこの本を読んでほしいとお考えですか? また読む際の留意点がありましたら、教えてください。  人びとの実践や研究対象となるフィールドを記述してみたいと思っている研究者たちに、柔道整復の実践にそくした記述となっているか、柔道整復師と患者がどのような問題にそくして相互行為をしているか、といったところを気にしながらご笑覧いただければ幸いです。

本書で扱われていること ── キーワード集

医療社会学、代替補完医療、柔道整復、厚い記述と薄い記述、問診、触診、プロフェッショナル・ヴィジョン、電気療法、保存療法、ストレッチング