高田 明、2019、相互行為の人類学──「心」と「文化」が出会う場所

目次と書誌

  • 236ページ
  • 発行年:2019年
  • ISBN-13: 978-4-7885-1607-6
  • 出版社: 新曜社 |

人と人が関わるとはどういうことか:科学的な手続きで「心」の問題に取り組んできた心理学と、今まさに生きている人々に注目して「文化」を理解しようとする人類学。両者を架橋し、人間理解のあらたな地平をひらくアプローチの手法と魅力を、フィールドワークの実例をとおして活き活きと伝える入門書(本書の帯より)。

目次

はしがき
第1章 相互行為の人類学への招待
第2章 理論と方法
第3章 社会的認知
第4章 他者理解
第5章 発達と社会化
第6章 言語とコミュニケーション
第7章 感情
第8章 結論にかえて

本書から

本書では,上記のいずれ(注:心身二元論や方法論的個人主義から導かれる「心」観および日常的な意味での「文化」観)とも異なる視点から,日常的な相互行為の分析にもとづいて「心」と「文化」をとらえなおす。そのために,意味のやりとり(Bruner 1990/1999)を通じて社会的リアリティが形づくられていく過程に注目する。こうした相互行為の分析では,以下のように考える。行為の意味は,身体の物質的な基盤,たとえば生理的な過程や脳内の神経過程によっては定まらない。それはむしろ,相互行為のなかで提案,交渉,構成されるものである。たとえば,ある人による「暑いね」という発話は,その聞き手が窓を開けることによって,提案あるいは依頼という意味を実現している。私たちの社会的リアリティは,こうした意味のやりとりの積み重ねによってなりたっている。そして「心」と「文化」はいずれも,そうした社会的リアリティの一側面をあらわす素朴な,あるいは民俗的な範疇(folk category)である。こうした視点をとれば,「心」と「文化」は日常的な相互行為において出会う(本書 pp.1-2)。

著者に聞く ── 一問一答

本書を出版しようと思った動機やきっかけを教えてください. 第1章で詳しく述べているように、本書の章構成は筆者の本務校(京都大学)をはじめとする大学でのいくつかの授業でのそれをもとにしています。それぞれの章では、筆者のこれまでの研究を素材として多くとりあげています。これらの研究は、もともとはそれぞれの研究史を反映した個別の論文だったのですが、上記の授業を通じて、それらを貫くような「心」と「文化」をとらえ直す像が浮かび上がってきました。それは図らずも、著者の研究者としての来歴の途中での総括とでもいうべきものになっていきました。これをかたちにしておくことは、関連する研究にこれからとりくもうとする方々、あるいはすでにとりくんでいる方々がその研究のおおもとを見つめ直す機会になるのではと思い、本書を執筆することにしました。
構想・執筆期間はどれくらいですか? 本書の直接的な素材としてとりあげた筆者のもっとも古い研究は2005年に出版されました。したがって、本書は筆者の足かけ約15年間の研究成果に基づいていることになります。授業としては、2012年度からおこなったものの構成が反映されているので、構想7年間といってよいと思います。
編集作業中のエピソードがあれば教えてください。 もともと個別の論文だった研究を、「心」と「文化」をとらえ直すという本書の問題意識のもとにまとめていく作業は、単なる修正・加筆ではなく、研究の根幹にある考え方を見つめ直すたいへんよい機会となりました。また本書では、見やすさや調査対象者のプライバシーを考慮して多くのイラストを用いています。装画は筆者、挿絵は京都市で絵画や版画を制作している下村泰子さんおよび筆者によるものです。出来の善し悪しは別にして、装画や挿絵を丁寧に描いていく作業には、発話やジェスチャーの詳細な分析に通じる発見や楽しさがありました。
本書の「売り」は、どのようなところにあるとお考えですか? 近年、日本語でも会話分析や相互行為論の優れた入門書や研究書が多く出版されるようになりました。本書もそうした流れを受けた書籍の1つとして位置づけられ、多くの研究者が関心を持っている研究領域を扱っています。その一方で、本書の素材となった研究データが得られたフィールドは、南部アフリカの狩猟採集民・先住民として知られるサンのもとでの長期フィールドワーク、飼育下にあるチンパンジーの観察研究、日本の家庭における子育ての縦断的観察研究といった、他の書籍にはない幅広さを備えています。この両面を合わせ持ったところが、本書のユニークさだと考えています。
また、本書のもとになった授業では、ディスカッションの時間やコメントシートを使って、質疑応答をたっぷりとおこないました。当初は、いくつかの研究領域(「社会的認知」「感情」など。現在の章タイトルはそれにもとづいています)についてそれぞれ何回かにわたって隣接する研究分野(「相互行為の人類学」「文化心理学」「進化心理学」など)の視点を紹介するというかたちをとっていました。毎回、授業の前半にはその回を担当する講師が自分の専門とする研究分野の視点から話題を提供し、後半は他の講師陣と学生さんが加わってそれについてガチンコ議論を繰り広げました。一緒に授業を担当した講師陣や授業に参加してくれた学生さんはたいへん優秀かつ勢いがあって、筆者もそこから大いに学びました。本書の各章末尾ではQ&A欄を設け、その楽しくて刺激的な雰囲気を読者にも感じてもらおうと試みました。
心理学者にとくに読んでほしい箇所はありますか? またその理由は? 「第5章 発達と社会化」と「第6章言語とコミュニケーション」:近年、発達心理学や文化心理学でも子どもの社会性の発達には大きな関心が持たれていますが、相互行為の人類学はそれらの研究分野とは少し異なったアプローチでこの問題に迫ります。両者の違いがよくあらわれているのがこれらの章だと思います。
人類学者にとくに読んでほしい箇所はありますか? またその理由は? 「第3章 社会的認知」と「第4章 他者理解」:1950~1990年代年代に人類学界でも人気を博した認識人類学は、現在ではさまざまな方向にわかれて展開しています。相互行為の人類学もまたその1つとして位置づけられますが、これらの章はそうした(日本ではあまり知られていない)経緯やその現代人類学における意義について論じています。
実践家にとくに読んでほしい箇所はありますか? またその理由は? 「第6章言語とコミュニケーション」と「第7章 感情」:「思いやり」「恥」といった概念は、一般の人々だけではなく、心のケアや発達に関わる実務家にとってもきわめて重要です。これらの章では、そうした概念を発話やジェスチャーの詳細な分析を通じて論じるという、相互行為の人類学が推進してきたアプローチについて解説しています。こうしたアプローチから導かれる視座が、実務家の方々の豊富な経験と響き合うことを期待しています。
どのような方に、どのような仕方でこの本を読んでほしいとお考えですか? また読む際の留意点がありましたら、教えてください。 本書が、私たちの日常的な生活を彩っている社会的相互行為について、既存の研究分野や研究領域にはしばられずに、知的好奇心を持って見直す機会になればうれしく思います。その点では、すべての生活者に開かれた本になってほしいと考えています。また、第3章~第7章はそれぞれある程度独立した研究領域を扱っていますから、どの順番で読み進めてもよいと思います。

本書で扱われていること ── キーワード集

心(理学)、文化(人類学)、相互行為論的アプローチ、日本・サン・チンパンジー