前田泰樹・西村ユミ、2018、遺伝学の知識と病の語り

目次と書誌

  • 232ページ
  • 2,970円+税
  • 発行日:2018/8/31
  • ISBN-10: 4779512913
  • ISBN-13: 978-4779512919
  • 出版社: ナカニシヤ出版

当事者たちは病いの経験や遺伝学の知識をどのように語り、共有したのか。社会学者と看護学者が質的研究から経験の語りに忠実に迫る。

目次

序章 遺伝学的知識という問題
第1章 遺伝学的知識と病の経験
第2章 病の経験を語り直す
第3章 移植経験の家族の語り
第4章 移植後の時間の再編成
第5章 新しい分類のもとでの連帯
終章 経験の固有性を理解する

本書から

本書は、遺伝学的知識が、ある時代の社会にいかなるインパクトを与え、それに対して、関係する人々がいかにそれを理解しつつ対応してきたのか、という人々の方法の歴史を、経験者の言葉を丁寧に掬い挙げることによってまとめたものである。(pp. ⅶ-ⅷ)
新しい遺伝学的知識のもとで語られる病い経験の語りは、一人ひとりが語る現在を超えて、空間的な広がりと時間的な厚みを含み込んだものである。新しい遺伝学的知識のもとで生きる人びとの経験の意味は、こうした広がりと厚みを持つそれぞれに固有の経験の、それぞれの「細部に宿る」。それぞれの細部に埋め込まれた、当事者たちの経験、当事者たちが行ってきた実践、そこで用いられてきた方法論、そこで積み重ねられてきた歴史がある。次に続く人びとが、そして私たちが、そこから学んでいくことを可能にすること、これが本書の課題だったのである。(p. 193)

著者に聞く ── 一問一答

本書を出版しようと思った動機やきっかけを教えてください.  本書のもとになった最初の調査は、もともと2003年に『臨床コミュニケーションモデルの開発と実践』という大規模プロジェクトの一部として行われた、「遺伝医療における医療者―市民間のコミュニケーション」から始まっています。それまで必ずしも遺伝医療に専門的にかかわってきたわけではない著者たちは、このとき、常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の患者のみなさまにグループ・インタビューを行う機会を初めて得ました。それ以降、著者たちは、様々な形で断続的に遺伝医療にかかわる研究を続けてきました。あらためて本書を一冊の書物としてまとめあげようと考えたのは、患者会の活動が、新薬の承認や難病法のもとでの助成の開始といった形で、いったんの区切りが見え始めたことも大きかったように思います。新しい知識のもとで、病いの経験を理解し、それに折り合いをつけるためになされてきた人びとの方法を、現在の歴史として、まとめておきたいと考えました。
構想・執筆期間はどれくらいですか?  最初に調査を開始したのが2003年ですから、そこから数えれば、15年かかったことになります。その間に、遺伝医療や遺伝性疾患に対する考え方や治療法、制度等々が大きく変わったことは、本書内で紹介をした通りです。
本書以前に執筆された著書(あるいは論文)との関係を教えてください。  本書の序章、第一章、第五章は、『概念分析の社会学』(酒井・浦野・前田・中村編2009)、『概念分析の社会学2』(酒井・浦野・前田・中村編2016)としてまとめられるプロジェクトの中で、書かれたものです。第三章は、現象学社会科学会の機関誌『現象学と社会科学』(西村2018)に掲載されたものです。
執筆中のエピソード(執筆に苦労した箇所・楽しかった出来事・ 思いがけない経験など、どんなことでも可)があれば教えてください。  執筆中にも、遺伝医療を取り巻く状況は日進月歩し、その現実に追いついていこうと思いつつ、執筆をしていました。具体的なエピソードは、本書内でも紹介をしております。
執筆において特に影響を受けていると思う研究者(あるいは著作)があれば教えてください。  新しい知識のもとでの経験の理解可能性の更新という考え方は、H. サックスらのメンバーシップ・カテゴリーについての議論や、I. ハッキングのループ効果についての議論から学びました。また、遺伝性疾患についてのエスノグラフィーを書いてきた医療人類学者たちの著作からも多くを学んでいます。こうした議論をまとめあげるなかで、M. メルロ=ポンティの著作からも多くのヒントを得ました。
社会学的(EMCA的でも可)にみて、本書の「売り」はなんだと思いますか?  日本における遺伝性疾患をめぐる社会学的な研究は、そう多くはありません。ここ20年のあいだに新しい知識のもとでの経験の可能性が変化していく中で、折り合いをつけていく人びとの方法の歴史を記述した記録になっていると思います。
医療研究者に特に読んで欲しい箇所はありますか?またその理由を教えてください。  著者としては、最初から順番に読んでいただけると嬉しく思います。その方が、歴史的な経緯を追いやすいと思います。
当事者の方に特に読んで欲しい箇所はありますか?またその理由を教えてください。  最初から順番に読んでいただけるとありがたいですが、序章が過度に理論的に感じられる場合には、第一章から読み始めていただければと思います。
EMCAの初学者は、どこから読むのが分かりやすいと思いますか?  また、読むときに参考になる本や、読む際の留意点があれば、教えてください。  序章から順番にお読みいただければと思います。読むときに参考になる本としては、『概念分析の社会学』(酒井・浦野・前田・中村編2009)、『概念分析の社会学2』(酒井・浦野・前田・中村編2016)のとくに「ナビゲーション」をあげておきます。

また、この著作につきましては、EMCA研の助成のもと、合評会を開催していただきました。以下のURLから、運営にあたってくださった海老田大五朗さんの開催報告と、書評の労をとってくださった桑畑洋一郎さん(山口大学)、小林道太郎さん(大阪医科大学)、三部光太郎さん(千葉大学大学院)による書評を読むことができます。ぜひそちらも参考にしていただければ幸いです。
http://emca.jp/archives/3448

次に書きたいと思っていることや今後の研究の展望について教えてください。  2018年の出版以降は、当事者や医療者の方たちとの共同研究として、ADPKDを生きる患者の皆様のための「暮らしのヒント」を作成いたしました。多発性嚢胞腎財団日本支部(PKDFCJ)のHPに掲載されております。以下のURLをご覧ください。
http://www.pkdfcj.org/?page_id=937

本書で扱われていること ── キーワード集

アクティブ・シティズンシップ 新しい家族という市民 新しい知識 厚い記述 医学的知識 移植 遺伝学的アイデンティティ 遺伝学的検査 遺伝学的検査に関するガイドライン 遺伝学的シティズンシップ 遺伝学的知識 遺伝看護専門看護師 遺伝性疾患 意味論的伝染 インタビュー エスノメソドロジー (応答)責任 解釈のドキュメンタリーメソッド 学習支援 家族 語りの譲り渡し 経験の語り 個別の経験の語り 普遍性を志向する語り 振り返りの語り 語り誤り 語り初め カテゴリー 患者会 肝臓の嚢胞 共通の経験 クレアチニン ケアの倫理 経験の語り 経験の理解を更新 結末 原因遺伝子 現象学 告知 個性原理 固有の経験 最初の物語 細部に宿る 時間 時間に関わる語りの分析 自然類 疾患カテゴリー シティズンシップ 指定難病 重症度分類 重層的な想起 主観における時間の流れ 常識的カテゴリー 常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD) 常染色体劣性多発性嚢胞腎(ARPKD) 知る/知らないでいる権利 人工類 腎臓の嚢胞 信頼 成員カテゴリー集合 生体腎移植 生物学化された類 生物学的シティズンシップ 想起 重層的な想起 相互作用類 双方の経験 側面的普遍 第二の物語 多発性嚢胞腎(PKD) 知識 新しい知識 遺伝学的知識 通性原理 伝達する身体 当事者 当事者の経験 透析 トランスクリプト トルバプタン 難病指定 難病法 反実仮想 ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針 人々の方法論 慢性腎臓病 メンパーシップ メンパーシップの確立 メンパーシップカテゴリー化装置 物語 病いを生きる時間経験 リスクの医学 リスクファクター 臨床遺伝専門医 ループ効果