前田泰樹・西村ユミ、2020、急性期病院のエスノグラフィー

目次と書誌

  • 196ページ
  • 2,310円+税
  • 発行日:2020/8/31
  • ISBN-10: 4788516810
  • ISBN-13: 978-4788516816
  • 出版社: 新曜社

急性期の現場で連携するため看護師たちは何を見聞し、考え、お互い報告しているのか。「チーム医療の大切さ」といった理念の主張に留まらず、個々の看護を協働によって円滑に成し遂げる方法論を見出し、病棟の時間と空間の編成を描きだす記録集。

目次

 

序章
第1章 「音」の経験と看護実践の編成
第2章 「痛み」の理解はいかに実践されるか
第3章 「メンバーの測定装置」としての「痛みスケール」
第4章 協働実践としての緩和ケア
第5章 申し送りを行なう
第6章 急変に対応する
第7章 病院全体のバランスを見る
第8章 看護部長の管理の実践
終章

本書から

先取り的に述べてしまうが,現場の看護師たちの志向にあわせて,実践の成り立ちを理解しようと試みるとき,それぞれの行為が独立になされているわけではないし,それぞれの経験が独立に生じているわけでもない,ということにすぐ気づかされる。看護実践は,本質的に協働的なものだ。協働的だというのは,協働することが大事だという理念的な主張なのではない。そうではなく,それぞれの行為は,次の行為に繋がっていくものとして理解され,それぞれの経験は報告され,他の経験の条件を作るものとして理解される,ということだ。急性期病院での看護は,複数の看護師たちが,病院内を移動しながら,あるいは勤務交代をしながら,複数の患者に対してケアを提供するものである。それぞれの実践は,その場を越えた病院の時間と空間の編成の中で,多くの人とかかわるものとして,継続的に生じている。したがって,それぞれの実践を,それがなされている文脈から切り離してしまっては,適切に理解することができないのである。(pp. 3-4)

著者に聞く ── 一問一答

本書を出版しようと思った動機やきっかけを教えてください.  本書のもとになった調査は、急性期病院で働く看護師たちの実践知を探求する学際的共同研究として、2007年から開始されたものです。その調査を開始した当初から、いずれその成果を、一冊のエスノグラフィーにまとめたい、という思いはありました。その調査研究自体は、少しずつ問いを更新し、調査範囲を拡大しながら、2021年現在まで続けられています。一人の看護師の音の経験や痛みの理解から始まった調査が、看護部を中心とした病院全体の管理の実践にたどりついたところで、一区切りを入れる場所と考え、それまで順次発表してきた論文を中心に、一冊の書籍として出版する計画を立てました。
構想・執筆期間はどれくらいですか?  最初に調査を開始したのが2007年ですから、そこから数えれば、13年かかったことになります。
本書以前に執筆された著書(あるいは論文)との関係を教えてください。  一連の病院調査による最初の著作は、すでに西村によって『看護師たちの現象学』(西村2014)として書かれています。また、本書3章は、「メンバーの測定装置としての『痛みスケール』というタイトルで、『ワークプレィス・スタディーズ』(水川・秋谷・五十嵐編2017)にも収録されています。また、著者たちそれぞれの博士論文をもとにした著作(『語りかける身体』と『心の文法』)との関係については、本書中で下記のように紹介しております。

『語りかける身体』(西村2001)は,いわゆる植物状態と呼ばれる患者と看護師との関わりを記述した書物であり,両者のはっきりと見てとることのできない関係へと迫るために,看護師自身の経験へと立ち戻り,その経験の内側から記述していこうとする方針が採られている。一例をあげると,コミュニケーションの手段が「確立できていない」と言いつつも,微妙な瞬きや握手を通じて患者と交流している看護師が語った,「視線が絡む」という 言葉を軸に記述が展開されていく。このように現場に身をおきつつインタビューを行い,現象学的な思考を手がかりとして,経験の記述を行う研究のあり方は,本書にもいかされている。また,『心の文法』(前田2008)は,動機,感覚,感情,記憶といった「心」にかかわる概念が医療実践においてどのように用いられているのかを分析した書物である。歯科診療の場面で,歯科医師は,患者の痛みの訴えをどう理解し,どう扱うのか。問診や電話相談で訴えられた不安は,どのように受け止められるのか。言語療法において,ある言葉が想い出せたり想い出せなかったり,といったことは,どのようなこととして理解されているのか。こうした病いの当事者や医療の専門職を含む医療実践に参加する「人々の方法論」を記述する試みは,本書にも継承されている。(p. 1)

執筆中のエピソード(執筆に苦労した箇所・楽しかった出来事・ 思いがけない経験など、どんなことでも可)があれば教えてください。  (前田)執筆作業は、フィールドノートを残すところから始まる、と思いますが、とくに調査初期は、自分の見たもの、聞こえたものを、書き残すのに大変苦労しました。医療の実践の参加者たちの側に近づくことを目指して調査を始めましたが、概念を持たないものについては見ることができないのだ、ということを強く実感しました。(西村)調査当初は、参与の割合が高い調査をしており、患者さんのケアに直接かかわったり、急変時に一緒に走ったりしていました。そのため、筋肉痛になって熱を出すこともありましたが、それを察知した病棟の看護師さんが、足を冷やすものを差し入れてくれたり、食事に誘ってくれたりもしました。病棟で起こっていることの中に入っていけるよう、フィールドの方が手を差しのべて下さったエピソードでもあります。
執筆において特に影響を受けていると思う研究者(あるいは著作)があれば教えてください。 (前田)痛みの理解をめぐる考え方は、『哲学探究』など、L. ウィトゲンシュタインの著作を助けとしているところが大きいです。医療現場のフィールドワークといういみでは、D. サドナウの『病院で作られる死』は、やはり重要な著作だと思います。
(西村)はっきり自覚する手前の〈身体〉の次元の営みは、M. メルロ=ポンティの『知覚の現象学』から多くのヒントを得ております。フィールドワークの考え方については、同じくメルロ=ポンティ著『シーニュ1』の「Ⅳ モースからクロード・レヴィ=ストロースへ」を参考にしております。
社会学的(EMCA的でも可)にみて、本書の「売り」はなんだと思いますか?  病院での長期のフィールドワークに基づいた、エスノグラフィーやワークプレイス研究は、それほど数が多いわけでありません。そのような状況で、病院での看護師たちのワークを、複数の看護師たちが複数の患者たちにケアを行う協働実践として記述したことは、看護師たちの実践のリマインダーとなっていると思います。
医療研究者に特に読んで欲しい箇所はありますか?またその理由を教えてください。  著者としては、最初から順番に最後まで読んでいただけると嬉しく思います。看護師たち一人ひとりの経験や行為が、病院全体の実践と結びついているのがわかりやすいと思うからです。
医療現場の実践家に特に読んで欲しい箇所はありますか?またその理由を教えてください。  やはり、最初から最後まで順番に読んでいただけるとありがたいですが、ご自身の行っている実践に近いところ、関心の向けやすいところから、読み始めていただくのでも、嬉しく思います。
EMCAの初学者は、どこから読むのが分かりやすいと思いますか?  また、読むときに参考になる本や、読む際の留意点があれば、教えてください。  これもやはり、最初から・・・というお答えになるかと思います。読むときに参考になる本としては、『ワードマップ エスノメソドロジー』(前田・水川・岡田編2007)と『社会学入門』(筒井・前田2017)をあげておきます。
次に書きたいと思っていることや今後の研究の展望について教えてください。  調査者たちは、この著書にまとめた調査のあと、救命救急センターや入退院支援部門へと、調査範囲を拡張しつつ、2021年現在まで継続しています。調査を行ってきた病院では、救命救急の機能を強化し多数の入院患者を受け入れるための改革がなされてきましたし、また、入退院支援部門の調査の途上でも、改革が続けられてきています。まずは、救命救急センターでの調査にもとづいた研究をまとめていきたいと思います。

本書で扱われていること ── キーワード集

痛みスケール 痛みの評価 痛みの理解 一人称的表出 インストラクション エスノメソドロジー 応答(性) 応答可能性 応答を孕む知覚 音の経験 音をめぐる実践 解釈のドキュメンタリー・メソッド 顔 看護管理者 看護部 看護部長の管理 管理 管理の実践 緩和ケア 規範的期待 協調のセンター 協働する管理 協働する人びとの方法 協働的 協働的な実践 空間的・時間的編成 空間的配置の編成 経験の可能性 経験の可能性の条件 現象学 現象学的実証主義 行為的知覚 時間的秩序 時間と空間の秩序 時間の編成 志向(性) 志向の分配 焦点が定まらない集まり 焦点の定まった集まり 身体性 身体論 潜在的応答 潜在的な“行為(応答)的感覚” 組織のワーク 地域包括ケア チーム医療 ノーマルトラブル 人びとの方法論 病院管理 病院全体 表情 病棟全体 文法 ベッドコントロール(病床管理) 方法論的議論 方法論的検討 メンバーの測定装置 理解の立証 立証 ワークプレイス