海老田大五朗、2020、デザインから考える障害者福祉――ミシンと砂時計――

目次と書誌

  • 190ページ
  • 1,980円+税
  • 発行日:2020/4/5
  • ISBN-10: 4904380908
  • ISBN-13: 978-4904380901
  • 出版社: ラグーナ出版

「すでにデザインされた世界と、いまだデザインされていない世界がある」
障害者とその家族・地域とのかかわり、作業空間と時間、道具、組織・・・著者自らが、「障害者と働く現場」の声を拾い上げ、「実践的な論理」を記述していく。

目次

はじめに 本書で試みること
序章 何をどのように記述できればデザインを記述したことになるのか
第1部 ワークプレイスのデザイン
第1章 作業と組織のデザイン ~知的障害者の一般就労を可能にした方法の記述~
第2章 協働実践と道具のデザイン ~障害者が使えるミシンはどのようにデザインされたか~
第3章 労働時間のデザイン ~固定された世界を解きほぐす~
第2部 関係のデザイン
第4章 地域との関係をデザインする ~精神障害者の移行支援はどのようにして可能になったか~
第5章 家族との関係をデザインする ~映画「万引き家族」を手がかりに~
第6章 障害者本人との関係をデザインする ~実践のなかの意思決定支援~
終章 まとめ
補論 ゆがんだ麦を植える人たち 今井優美
あとがきと謝辞

本書から

「デザイン」という考え方は、障害者福祉に生じる無用な対立をなくすための一視点にもなりうる。「障害者-健常者」「支援者-被支援者」「雇用者-被雇用者」という対 pair 概念は、双方の利害や関心が根本的に相容れない「対立 counter」の概念としてしばしば言及される。あるいは障害者雇用主体としての「行政-民間」でもよい。たとえば「官か民か」という議論は、利用者たちにとってははっきりいってどうでもよい議論のようにみえるだろう。あるいは二項対立からの止揚といった弁証法的議論もありえるかもしれないが、デザインについての議論をそのように位置づける必要もない。障害者の一般雇用には、「経済的効率性や生産性」と「福祉利用者への配慮」という対立が埋めこまれているものとしばしばみなされている。実際そのとおりなのかもしれない。しかしながら、この対立を調停する力、双方に最適化する力がデザインにはある(海老田2018a)。何がどう調停されているのか、どのように最適化されているのか、これを記述することが、本書(特に1、2、4章)でなされることである。(p.20)

著者に聞く ── 一問一答

本書を出版しようと思った動機やきっかけを教えてください.  2011年4月、新潟青陵大学福祉心理学部(当時は看護福祉心理学部)助教に就任しました。このとき、前著『柔道整復の社会学的記述』(勁草書房,2018年)のもととなる博士論文執筆も佳境を迎えており、最終的には2012年12月に成城大学大学院文学研究科コミュニケーション学専攻へ提出することができました。この2011年4月から2012年12月のあいだ、教育業務として社会福祉士養成に携わっておりましたが、当時の私の福祉領域の研究業績は、ソーシャルワーク倫理綱領の検討のような、ソーシャルワーカーとしての行動規範に関するもののみでした。いわゆる研究のフィールドがなかったわけですが、実習指導などで社会福祉実践現場へ足を運ぶ機会が増え、特に障害者福祉現場で生じている不条理を多く目にしました。このときの経験が、本書(直接的には本書1章のもととなる論文)を書こうと思ったきっかけになります。
構想・執筆期間はどれくらいですか?  したがいまして、原初的なきっかけからカウントすると、ちょうど9年くらいということになります。
本書以前に執筆された著書(あるいは論文)との関係を教えてください。  このサイトでも取り上げていただいた前著『柔道整復の社会学的記述』は、博士論文がもとになっているということもあり、エスノメソドロジー研究であることを、あるいは博士論文の提出先がコミュニケーション学専攻でしたのでコミュニケーション学研究であることを、より抽象的に言うならディシプリンを意識して書きました。また、柔道整復師と患者のやりとりにみられる柔道整復に特有の方法論を検討するにあたり、幸いにも2つの整骨院(接骨院)から撮影許諾を頂くことができ、分析したデータは映像データでした。

今回の『デザインから考える障害者福祉』は、博士論文のような大著にする予定は最初からありませんでした。しかしながら、障害者雇用や就労支援にかかわる支援者のみなさまの「伝えたいことがたくさんある」という迫力はものすごく、その迫力が私を執筆へと向かわせました。また、これはデータ収集を考えるときに重要な点で、拙著に書きそびれたことの1つなのですが、調査を始めた当初、障害者雇用や障害者の就労支援の現場から撮影許可がおりませんでした。しばらくフィールドに通ううちに撮影許諾を得られるのですが、それでもかなり部分的です。したがって分析したデータは、観察から得られたものやインタビューデータでした。他方で、前著と共通する研究方針として「人びとの方法論を記述する」ということがあります。この「人びとの方法論の記述」が障害者雇用や障害者の就労支援のフィールドへ貢献するところは大きいと思っています。

したがって前著と並置すると、執筆動機や経緯、フィールドへのアクセスやデータ収集の仕方はだいぶ異なります。前著は私自身の博士論文執筆という個人的な理由が大きかったのに対し、後者はフィールドの力が私に書かせてくれました。分析対象そのものやデータの収集方法やデータの種類も異なります。前著が柔道整復というフィールドで映像データを収集したのに対し、後者は障害者の一般雇用や就労支援、生活介護支援がフィールドで、そこでのフィールドワークやインタビューがデータとなりました。しかし、どちらも実践における人びとの方法論を記述する研究という意味では共通しています。

執筆中のエピソード(執筆に苦労した箇所・楽しかった出来事・ 思いがけない経験など、どんなことでも可)があれば教えてください。  本書はラグーナ出版という鹿児島市にある出版社から出版しています。このラグーナ出版自体が障害者就労継続支援A型の施設でもあります。表紙カバーも新潟県南魚沼市立総合支援学校の放課後活動からできあがったものを使わせていただきました。こうした出版社選択およびカバーデザイン選択の経緯などは、公益財団法人デザイン振興会様が企画してくださった拙著の出版記念オンラインイベント(2020年9月17日開催)で、詳しく話をしました。Youtubeにアーカイブ化されていますので、拙著『デザインから考える障害者福祉』で検索していただき、お時間が許すようであればそちらをご覧ください。
執筆において特に影響を受けていると思う研究者(あるいは著作)があれば教えてください。 ① Ryle, G.,1979,On Thinking,Basil Blackwell.(=1997,坂本百大・宮下治子・服部裕幸・信原幸弘訳『思考について』みすず書房.)

② Suchman,L., 1987, Plans and Situated Actions: The Problem of Human-Machine Communication, Cambridge University Press.(=佐伯胖・上野直樹・水川 喜文・鈴木栄幸訳,『プランと状況的行為―人間‐機械コミュニケーションの可能性』産業図書,1999.)

③ Rawsthorn,A.,2013,Hello World: Where Design Meets Life,Penguin Books.(=石原薫訳『HELLO WOLRD:「デザイン」が私たちに必要な理由』フィルムアート社,2013.)

④ Simon, H. 1996. The Sciences of the Artificial (3rd editions). Massachusetts Institute of Technology.(=稲葉元吉・吉原英樹訳.『システムの科学 第3版』パーソナルメディア.1999.)

⑤ Crabtree, A.,Rouncefield, M.,Tolmie, P.,2012,Doing Design Ethnography,Springer.

社会学的(EMCA的でも可)にみて、本書の「売り」はなんだと思いますか? EMCA的に「売り」だと思うのは序章、1章、2章です。序章では、「『何を』『どのように』記述すればデザインを記述したことになるのか?」という問いを立て、本書における研究対象と研究方法を特定していく作業をしました。エスノメソドロジー研究の方針をとることで、障害者福祉領域におけるデザインの記述が可能になることを示しました。また、1章と2章は特にエスノメソドロジー的研究としてわかりやすいのではないかと思われます。

社会学者に面白いと思ってもらえそうなのは、5章と補論「ゆがんだ麦を植える人たち」(pp.145-170)です。5章では、企業と障害者及びその家族との関係について、少々踏み込んだ報告をしています。補論は私が執筆したわけではなく、今井優美さんという新潟青陵大学の卒業生(私が研究指導した元学生)に寄稿いただきました。現代社会にたいする違和感を表明しつつ、現代思想などに依拠しながら独自の支援をされている精神障害者支援施設の支援方法について(といってもこの施設の運営者たちは「支援」という記述を拒絶するのですが)、そこを訪問したときの記録やこの施設が発行している雑誌と詩集から、その独自の寄り添いの方法論をまとめたものです。

福祉研究者に特に読んで欲しい箇所はありますか?またその理由を教えてください。  全ての章です。社会福祉の支援現場にデザインを持ち込もうという動きはしばしばみられるのですが、こうした動きをとらえる研究はまだまだ数が足りず、かつ研究として未成熟であるように思われます。どのような研究枠組みや研究ポリシーを採用すれば、デザインの社会学的研究になるのか、イギリスの一部の研究を除けば、ほとんど議論がありません。拙著が障害者福祉研究者との議論のたたき台になってほしいと思い、拙著を出版しました。
実務家や実践家に特に読んで欲しい箇所はありますか?またその理由を教えてください。  序章を除くすべての章を読んでいただきたいのですが、障害者の就労継続支援や就労移行支援にかかわるみなさまに読んでいただきたいのは2,4,6章で、障害者雇用にかかわる企業人に読んでいただきたいのは、1,2,3章と5章です。1章と2章は一般企業内での話ですが、特に2章は就労継続支援や移行支援と、障害者を雇用する一般企業の双方にとって重要な知見が導かれています。3章は前半が企業的観点、後半が就労継続支援的観点から労働時間のデザインについての知見が導かれています。
EMCAの初学者は、どこから読むのが分かりやすいと思いますか?  また、読むときに参考になる本や、読む際の留意点があれば、教えてください。  Q6でも挙げましたが、序章です。「障害者福祉におけるデザイン」という研究対象をどのように記述するか検討しながら、(本書の読者はそのほとんどがエスノメソドロジー研究者ではないと思われるので)エスノメソドロジーという言葉を極力使用せずに、エスノメソドロジー研究の研究方針を採用するということで従来の障害者研究とは位相の異なる知見を明らかにすることができるのではないかという、研究方法の妥当性について論じています。
次に書きたいと思っていることや今後の研究の展望について教えてください。  「知的障害者の支援学校卒業後の生涯学習実践」をテーマにした研究計画申請で科研費を頂いていることもあり、今回の拙著と関連させつつ障害者福祉についての研究を続けていく予定です。他方で私自身、実生活ではスポーツ(柔道、野球、スキー、ヨガなど)や音楽、趣味としての家具づくりなど、さまざまな活動にかかわっており、こうしたフィールドでのネットワークを使いながら、研究の可能性を模索していきたいと思っています。

本書で扱われていること ── キーワード集

障害者雇用、就労移行支援、就労継続支援、合理的配慮、デザイン、最適化、エスノメソドロジー、ラグーナ出版