研究会員である松永伸太朗さんの論文「アニメーターの労働問題と職業規範——「職人」的規範と「クリエーター」的規範がもたらす仕事の論理と労働条件の受容」が三重大学出版会の「第13回日本修士論文賞」を受賞しました。
この論文の内容と今後の展開について、松永さんからコメントをいただいたので掲載します。
このたび,拙論「アニメーターの労働問題と職業規範——「職人」的規範と「クリエーター」的規範がもたらす仕事の論理と労働条件の受容」が第13回修士論文賞(主催:三重大学出版会)を受賞いたしました.この論文は,2015年度に一橋大学社会学研究科に提出した同題目の修士論文をもとに改稿したものです.
本研究は,日本のアニメーション産業における作画担当者(=アニメーター)が,低労働条件であるにも関わらず働き続けようとするのはなぜなのかについて,アニメーター16名のインタビューデータの分析から明らかにすることを試みたものです.分析では彼らがインタビューにおいてどのようなカテゴリーを用いているのかや,そのカテゴリーをどのような活動と結びつけながら質問者への説明を行っているのかに着目しました.
その結果,「上流工程の指示を遵守するべき」という内容をもつ「職人的規範」と,「自らの独創性を発揮するべき」という内容をもつ「クリエーター的規範」という二つの規範をアニメーター達が共有しており,前者が後者に対して優越しており,これらの関係を理解し遂行できるようになることと労働条件の受容と関連していることがわかりました.
具体的には二つの職業規範の共通項として「高い技術をもつ」という内容が含まれており,これがアニメーターに賃金そのものを仕事の第一の目的にすることを望ましくないものとし,かつ技術が十分に成熟していない者の低賃金を正当化していました.しかし二つの職業規範はアニメーターが持っている個々の関心を達成するために利用可能なものでもあり,規範を理解していることはアニメーターとして能力ある存在であるための要件として説明されていました.いわば,職業規範を理解し遂行することと低労働条件を受け入れることは表裏一体の関係になっていました.既存研究では自己実現的志向(本研究の「クリエーター的規範」に対応)が強い職業において労働への没入が発生することが繰り返し指摘されてきましたが,本研究では自己実現的志向に対立した志向(本研究の「職人的規範」に対応)があり,かつそれが優越している場合においても職業規範がもたらす論理によって没入が起きていくメカニズムを記述しました.さらに,自身が関わる労働問題を説明する際に職業規範の正当性を損なう諸制度が挙げられ,ここでは外部から言及されない事柄も問題として語られることから,職業規範は内部者の視点から労働問題を記述する際にも有効な視点であることを指摘しました.
受賞に際しては,エスノメソドロジーを用いた上記の分析の詳細さを評価していただきました.既存の労働研究の文脈ではエスノメソドロジーにはほぼ関心が払われてこなかったので(もっとも最近はワークプレイス研究のおかげでその有効性が認識されつつあるように思います),私自身この手法ならうまくいくと信じる一方で不安もありました.そのような中でエスノメソドロジーの分析を評価いただいたことは大変嬉しいことに思います.
今後は,インタビューで語られた事柄が実際の現場ではどのように遂行されているのかに関するワークプレイス研究的な方向と,アニメーターの労働問題の諸相が労働現場とその環境としてのアニメファン文化や経済政策との相互作用のもとでどのように変容し現代に至るのかという歴史研究的な方向にそれぞれ取り組んでいこうと思っています.
拙論を執筆するにあたっては,まず日本アニメーター・演出協会に多くのベテランアニメーターの方を紹介していただきました.さらに現場の方との交流会に部外者である私を受け入れてくださったCOROMO・アニボシ・グラフィックパークの3団体にもお世話になり,若手アニメーターの方を紹介していただきました.これらの団体のみなさまと,インタビューに協力くださった方々に御礼を申し上げます.また内容に関してはルーマン研究会と本郷概念分析研究会で報告の機会と有益なコメントを何度もいただき,ありがとうございました.現在では社会言語研究会でも大変お世話になっております.今後ともご指導のほどよろしくお願いいたします.