ここではエスノメソドロジー(Ethnomethodology)・会話分析(Conversation Analysis)(以下EMCA)の概要とその広がりを紹介したいと思います。まずはこの、一読しただけではどんな関わりがあるのかわからない二つの言葉―エスノメソドロジーと会話分析―がなぜ並べられているのか、このことからお話ししましょう。
第二節でより詳しく説明しますが、「エスノメソドロジー」というのは、(後で説明する「会話分析」もそうですが)社会学の一分野です。エスノメソドロジスト(エスノメソドロジーに依拠する研究者たち)は、会話であるとか仕事、勉強、喧嘩、散歩といった、社会生活をおくる上で日常生活者が経験する様々な事柄が、どうやって当たり前のこととして成り立たっているのかを調べます。たとえば、「列に並ぶ」という活動について考えてみましょう。映画の切符を買うために列に並ぶ際には、他の人と同じくらいの間隔を空けて前の人の後ろに立つ、前方を向く等々の、細かな決まり事があるはずです。エスノメソドロジストはこの決まり事をつまびらかにすることを通じて、「列に並ぶ」という活動が当たり前のものとして成り立っている仕組みを解明します。社会学というのは社会がどう成立しているかを研究する学問ですから、エスノメソドロジストはこの課題に、ひとつのやり方で取り組んでいるのです。ただし、この課題への取り組み方は、一般的な社会学のそれと大きく異なります。ふつう社会学者が、何らかの専門的概念やモデルを作り出し(○○型社会、△△化したコミュニケーション等々)、それを現実の物事に当てはめて社会の成り立ちを説明しようとするのに対し、エスノメソドロジストは研究者の側で予め専門的概念やモデルを設定することなく、日常生活者自身が「列に並ぶ」、「会話をする」等々の事柄をどのようなものとみなし、それをどう成立させていっているかを、日常生活者自身の理解に即して記述していこうとします。エスノメソドロジストがこの方針をとるのは、二節で説明するように、このやり方こそが、日常的な社会生活の成立の仕組みを明らかにするうえでもっとも適していると考えているからです。
この文章を読む人には、エスノメソドロジー(もしくは会話分析)が自分のしたいこと(研究・勉強・仕事等々)に使えるかどうかを知りたい、という人が多いものと思います。端的にいえば、エスノメソドロジーは、人が社会生活をおくる上で取り組むあらゆる事柄を、どうやってそれに携わる人びとが成り立たせているか、この詳細を明らかにすることができますが、それ以外のことは射程外です。エスノメソドロジーは会話がどうやってふつうの会話として成り立っているか、授業で先生が生徒に物を教えることはいかにして可能か、レストランでスムーズな接客はいかにして行われているか等々の、その有り様を解明することができます。一方でエスノメソドロジーは、人間行為に関わる新たな理論を提出したり、モデルを立てたりといったことを目的にしません。また将来何が起こるかを予測したり、推計したりすることにも、それ自体では役立ちません。
さきほど、日常生活者が経験する事柄のひとつとして「会話」を挙げました。顔を付き合わせたり電話を介したりして行うおしゃべりは、われわれが日常生活の中でかなり大きな時間を割いて行う活動です。いっぽうで、会社などの少しあらたまった場で行われる「会議」は、おしゃべりとは呼べないかもしれませんが、言葉を使ったやりとりであるという意味で会話と似た活動です。言葉を使ったやりとりのことを、「相互行為におけるトークtalk-in-interaction」と言います。「会話分析」は、エスノメソドロジーのうち「相互行為の中でのトーク」を対象に行われるものを指します。
これは第六節・第七節で説明しますが、会話分析は分析の進め方が体系化されており、研究者の集まりとしてもひとつのコミュニティを形成するに至っています。また、先にエスノメソドロジーは社会学の一分野だと述べましたが、会話分析のコミュニティには、社会学以外の言語学、教育学、認知科学、心理学、人類学といった幅広い人文・社会科学系の諸分野の研究者も含まれています。いわば、エスノメソドロジーに出自をもつものでありながら会話分析は一種の独立性を備えています。そのような事情を考慮して「エスノメソドロジー」と「会話分析」が並置されているのです。
EMCAはだいたい半世紀の歴史をもちます。この半世紀のあいだに、(とりわけ会話分析のコミュニティにおいて)従事する研究者の学問的バックグラウンドの多様性、研究対象への取り組み方、研究対象として取り上げられる活動の多様性などが広がりをみせています。さきほど会話分析の性質について説明しましたが、エスノメソドロジーと会話分析の分化も、この半世紀のあいだに進んできたことです。この文章では、ごく簡単にではありますが、歴史を紐解きながらEMCAの発展と広がりを紹介していきます。
まず第二節と第三節で、それぞれエスノメソドロジーと会話分析の基本を説明します。続く二つの節では、エスノメソドロジーの国内(第四節)外(第五節)への広がりを紹介します。第六節と第七節では、会話分析の国内外への広がりについて紹介します。最後に第八節で、EMCAがどんな領域・フィールドで使われているかを説明します。
この文章が、EMCAに興味をもった人への最初の導入として、何らかの形で役に立てば嬉しく思います。ですが、この文章はあくまでもっとも簡潔な形での情報提供にすぎません。EMCAを本格的に学び始めるためには、他の文献を参照してください。2017年現在、エスノメソドロジーの入門書として
- クロン(1996)『入門エスノメソドロジー:私たちはみな実践的社会学者である』
- 山崎敬一編(2004)『実践エスノメソドロジー入門』
- 前田泰樹・水川喜文・岡田光弘編(2007)『ワードマップ エスノメソドロジー──人びとの実践から学ぶ』
- 串田秀也・好井裕明編(2010)『エスノメソドロジーを学ぶ人のために』
- フランシス&へスター(2014)『エスノメソドロジーへの招待:言語・社会・相互行為』
会話分析の入門書として
- サーサス(1998)『会話分析の手法』
- 好井裕明・山田富秋・西阪 仰(1999)『会話分析への招待』
- 高木智世・細田由利・森田 笑(2016)『会話分析の基礎』
- 串田秀也・平本 毅・林 誠(近刊)『会話分析入門』
があります。またEMCAは、独学で学ぶより人と共に学んだ方が学習効率のよい分野です。そのリソースとして、当研究会の
も参考にしてください。(平本 毅)
文献
- アラン・クロン著、山田富秋・水川喜文訳 (1996)『入門エスノメソドロジー:私たちはみな実践的社会学者である』せりか書房.
- デイヴィッド・フランシス&スティーヴン・へスター著、中河伸俊・岡田光弘・小宮友根・是永論訳 (2014)『エスノメソドロジーへの招待:言語・社会・相互行為』ナカニシヤ出版.
- 串田秀也・平本毅・林誠 (近刊)『会話分析入門』勁草書房.
- 串田秀也・好井裕明編 (2010)『エスノメソドロジーを学ぶ人のために』世界思想社.
- 前田泰樹・水川喜文・岡田光弘編 (2007)『ワードマップ エスノメソドロジー──人びとの実践から学ぶ』新曜社.
- ジョージ・サーサス著、北沢裕・小松栄一訳 (1998)『会話分析の手法』マルジュ社.
- 高木智世・細田由利・森田笑 (2016)『会話分析の基礎』ひつじ書房.
- 山崎敬一編 (2004)『実践エスノメソドロジー入門』有斐閣.