→短信:報告と写真を掲載しました [2018/05/18]
概要
EMCA研究会2017年度春の研究例会のプログラムをお送りいたします。午前中の自由報告に合わせ、午後は 「成員カテゴリー化装置を再考する」と題した企画セッションがあります。お誘い合わせの上、奮ってご参加いただければ幸いです。
(大会担当世話人:森本郁代・團 康晃)(最終更新: 2018年03月13日)
日時 | 2018年3月31日(土)10:30-17:30 |
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場所 | 関西学院大学大阪梅田キャンパス10階1004教室・1005教室 [地図] |
大会参加費 | 無料(会員・非会員とも) |
事前参加申込 | 不要 |
プログラム
10:15 | 受付開始 |
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10:30-13:05 |
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09:30-12:00 | |
13:05-14:30 | 昼食 |
14:30-17:30 |
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17:30 | 閉会 |
自由報告概要
1.「総合診療科診療における受診の正当化―病院・部門への適合性と受診経路の語り―」串田秀也(大阪教育大学)・川島理恵(関西外国語大学)・阿部哲也(関西医科大学)
現代社会に生きる人々は、希少な専門的サービスに多くを依存している。そうしたサービスの利用者は、サービス提供者との相互行為において、自分がサービスを享受する資格を有することを示す必要がある。診療場面の場合、患者は自分の抱える問題を医師に訴えるとき、問題の「医療適合性(doctorability)」に注意を向けて受診を正当化する(Halkowski 2006; Heritage & Robinson 2006)。本研究は、日本の総合診療科初診場面で患者がどのように受診にいたる経緯を説明しているかを分析し、以上の知見をさらに発展させることを意図している。総合診療科の初診場面では、先行研究が指摘したような「患者がなぜ医師のもとを訪ねたのか」に関わる正当化に加えて、2つの特徴が繰り返し観察された。第一に、患者はしばしば「なぜこの病院or診療部門に来たのか」を正当化するプラクティスを用いる。第二に、患者はしばしば、現在の受診だけでなく、現在の受診に至る経路の全体を正当化することに関心を見せる。そして、これらの関心は医師によっても共有されている。発表においては、患者がこれらの付加的側面に関して受診を正当化するプラクティスを例示し、患者は日本に特有のフリーアクセス制の医療提供システムに敏感な形で、医療サービス利用者としての「リテラシー」を表示していることを論じる予定である。
2.「訪問診療・訪問マッサージにおける「嘆き」の理解可能性」坂井愛理(東京大学大学院)
本報告は、高齢者や身体に麻痺を持つ患者に対する訪問ケア(訪問診療・訪問マッサージ)の場面において、患者の嘆きがどのように行われているのかを、会話分析の手法を用いて検討するものである。
嘆きとは、訴え(専門家に対するリクエスト)とは異なり、専門家の対処の外にあるような問題の表出である。医療場面の会話分析の先行研究において、来院の理由となる問題以外の問題(追加的な問題や、心配事の提示など)が訴えられるための場所は、相互行為の全体構造の中には用意されていないことが分かっている(例えば、串田2011; Nishizaka 2010, 2011)。報告では、こうした非公式的な機会の患者による利用に注目する。まずはじめに、典型的な嘆きについて紹介した後、専門家による患部についてのコメントののちに嘆きが行われる事例を考察する。最後に、はじめは訴えとして問題化されていた問題が、嘆きとして展開されなおされる事例について紹介する。分析を通して、嘆きとしてmisplaceされた問題の理解可能性について考察したい。
3.「予備的アクティビティを導入する「~じゃない(ですか)」」梅村弥生(千葉大学大学院)
本研究の目的は、日常会話において、いわゆる「否定疑問形式」を用いたやり取りの仕方(プラクティス)が、参与者間の相互行為を組織する中で、どのような行為を達成するかということを、実際の自然会話を通して考察することである。
「否定疑問文形式」は、疑問文の形式を持ちながら必ずしも聞き手から情報を得ようとするものではなく、また否定の形式でありながら肯定の判断内容を伝えるといった点で非常に特異な性質を持っている。このことから、従来、日本語学の分野では多くの研究が積み重ねられて来た。しかし、こうした研究は、「否定疑問文」を用いた発話を単体で捉え、そこに話し手の主観性(「傾き」や「見込み」)がどのように実現されるかという観点に立ったものである。そのため、我々が日常会話においてこの形式を使うことで、どのような相互行為を組織しているかという点については、未だに十分に明らかにされてきていない。筆者は、約400分の日常会話から、合計129件の「〜じゃない(か)」形式を含む断片を集め、そのうちの33件の会話断片に共通する行為の達成があることを見出した。それは、主たる活動に先立って予備的連鎖を組織し、それを足場にして主たる活動につなげるといった行為を達成していることである。さらに、予備的行為を達成する連鎖には3つの共通する特徴があることも明らかになった。
4.「エスノメソドロジー研究は、「社会学ヴァージョン2.0」なのか?」岡田光弘(ICU教育研究所・研究員)
- 目的 エスノメソドロジー研究(以下、EM)の立ち位置を『社会学ワンダーランド』所収、「常識をうまく手放す」において、佐藤俊樹氏が提起した「社会学ヴァージョン1.0」「社会学ヴァージョン1.5」「社会学ヴァージョン2.0」という区別を活用して明らかにすること
- 方法 エスノメソドロジストたちが、EMと社会学(「構造化論」)、心理学(「心の理論」)、哲学(「心身問題」)などとの関係を論じた文献を収集し、論点を整理し纏めた。その結果から、EMと佐藤の「社会学ヴァージョン1.0」「社会学ヴァージョン1.5」「社会学ヴァージョン2.0」の異同について検討した。
- 結論 人びとが、常識を活用して、社会秩序を産出して行く実践の記述を行なうEMは、社会学のあり方としては「脱常識」である。佐藤による分類を当てはめれば、EMの主張は、[[[常識は正しい]は正しくない]は正しくない]=[常識は正しい]というものであり、これは「社会学ヴァージョン2.0」の立場に対応する。しかし、EMの立場からすると、この区分の仕方や立論自体が、常識の産物である。EMは、これを概念的な混乱として批判するのではなく、常識を資源とした、社会学的な立論として解明する試みである。
5.「同席調停における解決案の模索過程」李 英(大阪大学大学院)
本研究は、日本の民間調停機関(以下は「当調停機関」と略称)で行われた調停の録音に基づき、調停過程においての解決案の模索過程を解明しようとするものである。当調停機関は、裁判所の別席調停と異なって、当事者双方が対面して話し合いを行う、いわゆる同席調停の方式をとっている。調停人は、調停過程の進行をコントロールし、当事者間の話し合いを促進するものとして介在する。
解決案の模索について、同席調停の実務研究では、ブレインストーミングの方式を導入することで、当事者間で多様な解決案を出し合い、お互いのニーズを同時に満足できる解決案を模索することを主張する場合が多い。また、当事者の自主的紛争解決を支援する理念に基づき、調停⼈は、対話促進役を果たすことにとどまり、当事者に対し専門的見解または解決案を提示することを控えるべきだと捉えている。しかしながら、現実の調停現場に臨むと、調停人が当事者に対し解決案を提示し、当事者が納得するか否かを決定する場合が多々あるように考えられる。このことを踏まえ、本研究では、調停過程において、調停人が当事者に対し解決案を提示し、当事者を納得させる場面を分析することで、その相互行為の構造を解明する。
その結果、次のような知見が得られた。調停人が当事者に対しある事実の記述を要請する行為は、専門的知識を参照しようとする関心に向けており、当事者により記述される事実は、調停人が専門的知識に基づき、妥当性を持つと想定される解決案を提示するための材料となるという意味で語るべき価値のあるものとして承認される。さらに、解決案が実践的意義を付与されるためには、調停人の専門的判断のみで不十分であり、相手方の納得が不可欠である。他方で、調停人による解決案の提示過程において、調停人の専門的見解が浸透されているにもかかわらず、当事者間の対話を促進させる仕組みが内在されている。
6.「身体的インストラクションによって導かれるスポーツ規範と美の共有―ポールスポーツのグループレッスン場面を通じて―」李 榮賢(神戸大学大学院)
本報告では、スポーツのグループレッスン場面において、身体運動に関するインストラクションを通じ、いかにしてスポーツ固有の美がスポーツに関わる社会的規範のインストラクションとともに共有・伝達されるのかを明らかにする。
本報告では、分析対象としてニュースポーツである競技ポールダンス(以下、ポールスポーツ)のレッスン場面を取りあげる。ポールスポーツとは、競技者が直立のポールを利用して回転などの複数の技を組み合わせた演技をし、その演技の技術的側面・芸術的側面が評価される審美的スポーツの一つである。分析方法についてはポールスポーツが行われる空間(スタジオ)のフィールドワーク、主にはグループレッスン場面のビデオ分析を行う。ビデオ分析では、講師によるインストラクションに焦点を当て、ポールスポーツの固有の美が生徒にどのように伝達・共有されるのかを分析する。
分析の結果、フィールドワークを通じては、ポールスポーツを行うための設備や服装の規制などの内部規範が存在することが分かった。
レッスンのインストラクション場面を通じては、レッスン場面は講師による教示行為、生徒の練習行為、課題という要素からなり、(1)レッスン場面の大域的構造は、「①講師による課題の教示 ②生徒の練習 ③講師による練習場面の確認、その評価 ④講師による演技の修正」から構成される。(2)講師は、教示過程の中で身体運動のスタイル(いい例、悪い例)を、オノマトペを使い、伝達する。(3)講師の教示は、生徒の演技に同期する「オンライン型」で行われる。また、教示が身振りに同期している時系列的な特性上、身振りに同期していない講師の教示は、教示としての機能を失う可能性がある。(4)講師による身体運動の美的価値の定式化は、その場に応じて行われ、レッスン場面において絶対的な拘束力をもつ美的価値ではない。
7.「演劇におけるトラブルへの対応の研究」安達来愛(一橋大学大学院)
本報告では,会話分析の諸概念のうち「修復」を手がかりに,演劇データを検討する。日常会話でのトラブルへの対応については会話分析での研究が蓄積されているが,演劇の事例におけるトラブルへの対応は日常会話のそれとはどう異なるのか,同じなのか。具体的なデータを用いて検討したい。
素材はプロの演劇の稽古・公演時のビデオ映像に見られたもので,舞台上でトラブルが生じた際の役者たちの「修繕」過程を分析対象とする。なお,本報告においては,会話分析での「修復」と区別するため,演劇におけるトラブルへの対応のことを「修繕」と定義した。
分析の結果,発話重複,言い間違いの修繕方法として,「やり直し」,「ひやかし」,「埋め込み訂正」という3つの事例が観察された。1つ目の事例では,ある単位タイプから発話の全体をやり直すという演劇特有の手法が観察されたものの,会話分析でいう順番交替のトラブルに対応する修復と同程度の方法で修繕がなされていた。2つ目の事例では,言い間違いを明示化することで,言い間違いそれ自体を顕在化させないようにする役者たちの努力がみられた。3つ目の事例は,Jefferson(1987)のいう「埋め込み訂正」の事例と位置づけることができた。
上記の3つの修繕は,演劇のものであるため,観客の理解への指向が反映されていたという点において日常会話の修復とは差異があった。しかし,人々の相互行為の手段としての会話は,舞台場面においてもある共通のメカニズムで作動しており,会話分析での修復はある程度適用可能であることが示唆された。
お問い合わせ
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