2010年度 秋の研究大会 短信

→短信:簡単な報告と写真を掲載しました [2010/12/20]

概要

下記の要領で,エスノメソドロジー・会話分析(EMCA)研究会の年次研究大会を開催する予定です.様々な分野から多くの方にご参集いただき,議論に加わっていただけますことを期待しております.なお,午後のシンポジウムでは,「医療とケアのエスノメソドロジー」に焦点を当てたいと考えております.エスノメソドロジーは、ガーフィンケルの精神病院外来の研究、サックスの自殺予防センターの研究、サドナウの病院死の研究などに代表されるように、医療やケアを題材とした研究を通じてその基盤を形作ってきました。また、会話分析の進展に伴って、近年では、メイナードやヘリテイジらを筆頭に、医療やケアに関する緻密な経験的研究が豊富に生み出されてきており、この動向は英米圏にとどまらない広がりを見せつつあります。日本においても、先ごろ出版された『女性医療の会話分析』に代表されるように、エスノメソドロジー・会話分析の方法論に基づいて医療・ケアの分析を行う研究者が増えてきています。このシンポジウムは、こうした動向を受けて、日本における医療とケアに関するエスノメソドロジー・会話分析研究の現状を共有するとともに、この動向をさらに推し進め、国際的に通用する研究成果を日本から生み出していくひとつのきっかけにしたいと思います。

(担当世話人:川島理恵,串田秀也)

日時 2010年11月 8日(月)10:00~17:30
場所 場所:京都大学稲盛財団記念館大会議室(地図

プログラム

9:30 受付開始
10:00-11:55 一般報告
10:00-10:35 「或る認知症高齢者と健常者の視線変化数と行為頻度数の比較」吉村雅樹(京都工芸繊維大学) [→要旨]
10:40-11:15 「保健指導における対面型支援の分析」池谷のぞみ(Palo Alto Research Center)・粟村倫久(Palo Alto Research Center)橋本和夫(東北大学)黒川悦子(東北大学)齊藤辰典(東北大学)
[→要旨]
11:20-11:55 「身体化された視覚・再訪」西阪仰(明治学院大学)[→要旨]
11:55-13:00 昼休み(世話人会)
13:00-13:30 総会
13:30-17:30 シンポジウム「医療とケアのエスノメソドロジー」
13:30-14:15 「柔道整復師のプロフェッショナルヴィジョンとインフォームド・コンセント」海老田大五朗(東京医学柔整専門学校/東京福祉大学)[→要旨]
14:20-15:05 「身体はテキストを離れ、経験を交換する:グループホームのカンファレンスにおける発語とジェスチャー」細馬宏通(滋賀県立大学)・中村好孝(滋賀県立大学)・城綾実(滋賀県立大学)・吉村雅樹(京都工芸繊維大学) [→要旨]
15:05-15:25 小休憩
15:25-16:10 「精神科診察における“糸口”としての例外報告」串田秀也(大阪教育大学) [→要旨]
16:15-17:00 「救急ホットラインにおける依頼行為の会話構造」(川島理恵)[→要旨]
17:00-17:30 全体討論

報告要旨(報告順)

「或る認知症高齢者と健常者の視線変化数と行為頻度数の比較」

吉村雅樹(京都工芸繊維大学)

認知症高齢者の生活では、身体機能の障害によらないのに、しばしば「xxができない」「xxをしてくれない」という事態に出会う.これらは当事者本人の意図に起因しているとは考え難い振る舞いである.日常生活における「xxができない」「xxをしてくれない」という当事者の状況は、その時に必要な行為が遂行されないことによる停滞だけでなく、周囲の人々に当事者に属する困難性を感じさせ「認知症」によることとして理解させる.しかし、それは脳機能という生物学的かつ機械的な説明であり、認知症高齢者の日常生活における活動を彼らの生活世界において説明するものではない.

本発表では、認知症高齢者施設でのボール遊びのビデオ録画から「ボール遊びが困難な人」として周囲からマークされる一人の利用者と周囲との相互行為を分析する.そこから、周囲の人々から困難性があるという評価がなされるときに、その当の行為が当事者にとってどのような意味をもつ行為であったのかを考察する.また、周囲の人々の健常な行為と比較しつつ困難性という評価や「認知症」という理解を再考したい.

「保健指導における対面型支援の分析」

池谷のぞみ(Palo Alto Research Center)・粟村倫久(Palo Alto Research Center)・橋本和夫(東北大学)・黒川悦子(東北大学)・齊藤辰典(東北大学)

公衆衛生の分野では、運動習慣を行動介入によっていかに改善するかが焦点の一つとなってきた。日本でもメタボリック・シンドロームに焦点をあてた健康プログラムとして、特定検診・特定保健指導が開始された。食事と運動両面での行動変容支援の一環として行われる保健指導は、基本的に対面で実施されることが想定されている。しかしその対面支援における実践に関する調査研究はなされていない。本報告では、運動習慣に関わる支援の環境を整え、参加者を募集し、人間ドックを起点とした3ヶ月の支援を対象に面談のビデオ録画や、関係者(支援者、支援対象者)へのインタビューを通じて得られたデータを対象にした分析結果を報告する。特に、支援者の生活習慣や生活状況を把握し、実行プランを作ることがいかに支援対象者の取り組み方と関わり得るのかに焦点をあてる。

「身体化された視覚・再訪」

西阪仰(明治学院大学)

30程の妊婦定期健における診超音波検査において,セッションによっては医師や助産師が妊婦の顔を見遣ることは,きわめてまれである.1つの観察として,妊婦が連鎖を開始したとき,その開始された連鎖を医師・助産師が完了するとき,医師・助産師は,妊婦の顔を見遣る傾向がある.ここから,妊婦が連鎖を開始していない場合でも,医師・助産師が超音波検査中に妊婦の顔を一瞬見遣る振る舞いは,なんらかの「妊婦による活動の開始」への志向の結果と分析できるかもしれない.この医師・助産師の振る舞いに注目しつつ,報告者が,活動単位を記述する概念として長年用いてきた「参加フレーム」(「そのつどレリバントな社会的アイデンティティを身体の配列をとおして実現し,その身体の配列によって同時に,その社会的アイデンティティによって担われる活動を実現していくような,そういう身体の配列の,構造的な境界を伴う単位」)という考え方を応用することで,見ることとの活動の関係,見ることと身体の配列との関係について,若干の考察をこころみたい.

「柔道整復師のプロフェッショナルヴィジョンとインフォームド・コンセント」

海老田大五朗(東京医学柔整専門学校/東京福祉大学)

本研究では、2010年3月某日に、関東 地方の某接骨院にて、私が直接ビデオ撮影した映像データを分析する。本データにおいて、患者はアキレス腱断裂して手術をしたが2ヶ月以上経っ た現在も予後が悪いという感覚をもつ、初めて当該接骨院に来た60代女性であった。柔道整復師は、施術をする前に、超音波画像観察装置を使用してアキレス腱の状態を調べた。本研究の焦点の一つは、超音波画像観察装置を使用して切りとった静止画の見方を、柔道整復師が患者に教える場面である。患者が感じているアキレス腱の違和感は、この画像を通じて説明される。ここでは柔道整復師による画像の見方の指導と説明の分析が鍵となる。もう一つの焦点が、今後のリハビリテーションについての患者からの同意を、どのようにして柔道整復師は得ていくかである。患者の腱についての疑問に対して、柔道整復師は筋肉について説明をし、またこれらの説明が今後のリハビリテーションにつながっていく。これらの場面での柔道整復師と患者との相互行為を記述することによって、どのようにして「イン フォームド・コンセント」は達成されたかを示していきたい。

「身体はテキストを離れ、経験を交換する:グループホームのカンファレンスにおける発語とジェスチャー」

細馬宏通(滋賀県立大学)・中村好孝(滋賀県立大学)・城綾実(滋賀県立大学)・吉村雅樹(京都工芸繊維大学)

介護施設では「カンファレンス」と呼ばれる定例の会合で、介護者どうしが報告と意見交換を行う。介護者たちは日誌、ノートというテキストを手元に置き、いつでも書き込みができるよう筆記用具を用いる。しかし介護者の身体はしばしばテキストから離れ、雄弁にジェスチャーを繰り広げる。介護者は、指示語 と身体動作を駆使して自分と入居者との関係を語り、他の介護者もまた身体動作によってその報告に同意したり異議を唱えたりする。互いの経験が異なるとき、介護者たちは異なるジェスチャーを同時に、もしくは前後して示し合いながら、経験の差を身体によって示し、互いの知識をバージョンアップし、それをノートに書きつける。このような身体動作は、実際にはどのように始められ、どのような時間構造をとるのだろうか。この問題を、本発表では、「拡張ジェスチャー(グランド・ジェスチャー)(細馬 2009)」(隣接ペアのターン間で継続して起こる一続きのジェスチャー単位)の概念を用いて考察する。

まず、いくつかの事例に基づき、ノートに向かっていた身体がいかにノートから離れ、ジェスチャーによって関係を開始するか、逆に参与者の一部のノートに向かう行動が、いかにジェスチャー・シークエンスの終了をもたらすかを記述する。次に、拡張ジェスチャーによる身体動作の交換と改変の過程を見るために、入居者の身体について語り合う事例を取り上げる。これらの記述を元に、それぞれの介護者の経験がカンファレンスにおいてどのようにバージョンアップされるのかを考える。

「精神科診察における“糸口”としての例外報告」

串田秀也(大阪教育大学)

現在、日本の精神科治療は薬物療法を中心としており、精神科外来診察の主たる目的はクスリを処方することである。とくに、本報告の分析対象である再診場面において、処置はおよそ、前回のクスリを

  1. 引き続き処方する
  2. 増やす
  3. 減らす

に大別される。だが、通院治療を受ける患者は、心身症状以外にさまざまな生活上・人間関係上の懸念/関心(concern)を持ち、それへのさまざまな対応(クスリ処方、助言、共感、説明など)を医師に求めている可能性がある。患者は、1~3の処置に直結しない懸念/関心を診察の中でいつどのように提示するべきか、また、医師はそれらをどのように見分け、重みづけし、対応すべきかという相互行為上の問題に構造的に直面しうる。

本報告では、診察の開始直後に患者が行う症状の更新報告(updating)の中で、とくに「例外(exception)報告」と呼びうる発話形式に焦点を当てる。例外報告とは「だいたい安定しています。ただ、若干眠気が多いんですけど。」のように、最初のひとまとまりの更新報告に対する例外として、何らかの心身症状が控えめに付加される形式である。このような形で導入された心身症状に医師が注意を向け、患者がそれを掘り下げる機会を得るとき、それはその症状そのものとは別の懸念/関心(たとえば、夫婦関係についての心配、職場についての心配など)の開示へとつながっていくことがある。いくつかの連鎖パターンを視野に入れながら、例外報告が、「前回診察以降の症状の変化」という枠に収まらない関心/懸念を患者が慎重に導入するための、ひとつの系統的「糸口」になっているのではないかと論じてみたい。

「救急ホットライン会話における依頼行為の会話構造」

川島理恵(埼玉大学・東京医科大学)

昨今の救急医療では、「搬送先選定困難事例」、一般に「たらい回し」と呼ばれるケースが社会問題化しつつある。病院前救急体制では、病院と消防が事前連絡で十分に情報を共有し、傷病者の搬送先が速やかに決定されることが必要であるとされている。本研究では、会話分析を用いて救急ホットライン会話における情報共有と依頼行為の会話構造を明らかにする。

ホットライン会話の基部となる依頼行為が複雑化する起点がいくつか明らかになった。まず受け入れ可能かどうかの応答において曖昧な表現が使われた場合。そして決定権に関するやり取りが生じたりした場合に、全体的な会話構造が複雑になっていた。今回の発表では、こうした依頼行為における特徴を、会話のみでお互いの状況に対する認知環境を構築している参与者間でのaccountabilityの達成という観点から論じる。