2009年度 秋の研究大会 短信

→短信:簡単な報告と写真を掲載しました [2009/12/13]

概要

下記の要領で,エスノメソドロジー・会話分析(EMCA)研究会の年次研究大会を開催する予定です.様々な分野から多くの方にご参集いただき,議論に加わっていただけますことを期待しております.

なお,午後のシンポジウムでは,いわゆる「ワークの研究」に焦点を当てたいと考えております.ガーフィンケルによって始められたワークの研究は,その後のエスノメソドロジーにおいて受け継がれ,社会学自体における理論的概念を再検討する機会を与えてきただけでなく,さまざまな領域との関係を持ってきています、たとえば科学研究,組織研究,社会福祉研究,システムデザイン研究などです.社会学のみならず,隣接領域でのフィールドワーク研究への関心の高まりもあるなかで、改めていくつかの領域におけるワークの研究について概観しながら,その意義や今後の展望を検討する機会としたいと考えています.

発表要旨等は,このページに順次掲載していく予定です.(担当世話人:前田泰樹,池谷のぞみ,西阪 仰)

開催日 2009年10月25日(日)
会場 東海大学高輪校舎4号館 421教室

プログラム

9:50 開会
9:55-12:30 自由報告の部 9:55-10:30 西阪 仰「定期健診における問題提示―位置とデザイン」 [→要旨]
10:30-11:05 小宮 友根「被害者の意思を「正しく」認識すること」 [→要旨]
[休憩 15分]
11:20-11:55 権 賢貞(クォン・ヒョンジョン)「ある対象物を指示する語の置き換え」 [→要旨]
11:55-12:30 鈴木 理恵「会話者間の相対的評価バランスの維持」 [→要旨]
12:30-13:30 昼休み[新旧世話人は,世話人会]
13:30-14:00 総会
14:40-17:00 シンポジウム
報告者
  1. 川床 靖子(大東文化大学)「インスクリプションのデザインに埋め込まれたワークのポリティクス」 [→要旨]
  2. 中村 和生(明治学院大学)「概念分析的手法による科学的ワークの研究」 [→要旨]
  3. 池谷 のぞみ(Palo AltoResearch Center)「ワークのデザインとエスノメソドロジー」 [→要旨]

自由報告

要旨

鈴木 理恵発表タイトル:会話者間の相対的評価バランスの維持

発表概要

本発表では,日本語の自然発生的な日常会話において,特に会話者が自己或いは他者を評価する際に,会話の連鎖構造が会話者間(時にその評価対象人物との関係をも含む)の人間力学といかに密接に関連しているかを例証する.評価発話を通して会話者がどのような社会行為を行い,それに対して他の会話者がどのように反応しているのか,これらの行為が会話者間の社会的連帯感の維持達成にどのように貢献しているのかに注目しながら,会話データを文法,音声,語用,会話展開の側面から分析する.観察する抜粋例では,発話者の自己卑下的スタンスが発話者自身と聞き手との比較の上に成立している.発話者が自身の評価上のステータスをある特定の聞き手のそれよりも低く位置づけるのに対して,聞き手は評価対象項目に関して発話者を聞き手と同等あるいはそれ以上に評価する.そうすることで聞き手は

  1. 先の発話者によって設定された両者間の相対的評価上の位置づけに異を唱え,
  2. 両者間の相対的評価バランスを調整して,ひいては
  3. 両者間の社会的連帯感の維持を試みている.

権 賢貞(クォン・ヒョンジョン)発表タイトル:「ある対象物を指示する語の置き換え」

発表概要

本発表は,日本語教育および第二言語習得分野の研究が日本語非母語話者の学習を検証するために用いてきた実験的会話(絵を説明し合うタスクを行う過程を収録した会話)において, ある対象物を指し示す言葉をめぐる母語話者と非母語話者のやり取りをデータとして提示する.本発表が焦点を当てるのは,非母語話者がある対象物をXと指し示すことに対し,母語話者は何ら理解に問題がないことを示す.しかし,母語話者自身がその対象物を言及するときになって,XではなくYという別の語を用いる現象である.本発表では,母語話者が,語の置き換えを通して「Xという対象物をYと指示する」という新たなルールへの変更を試みていることを述べる.また,母語話者の新たなルールへの変更により産み出される相互行為上の諸問題について論じ,母語話者がそれら問題を解決するために用いる手立てを考察する.最後に,非母語話者が,母語話者の新たな言語ルールへの変更をどのように理解しているのかについて観察する.

小宮 友根発表タイトル:被害者の意思を「正しく」認識すること

発表概要

「正しい事実」の認識は,裁判(とりわけ刑事裁判)において裁判官が取り組む重要な課題のひとつである.ところで,成員カテゴリー化装置(MCD)という考えを展開する中でハーヴィ・サックスが指摘していたように,「正しい事実」の「正しさ」は,記述の認識可能性によって支えられている.したがってこの点から言えば,裁判官の課題は「認識可能に正しい可能な記述」を産出することである.

本報告では強姦事件の裁判の判決文を検討することで,そこで行為と行為者に与えられる記述が,いかに(本人の申告を否定するほど強く)行為者の心を「正しく」認識することに寄与しているかをあきらかにする.そして,MCDを用いて記述を産出する日常的実践が,法的事実を認定するという法的実践の構成要素にもなっていることから,強姦罪をめぐる独特の問題が生じていることを指摘する.そのうえで,人びとのアイデンティティを認識可能にする「装置」群の研究が,EM/CA研究の中で置かれるべき位置について,ひとつの示唆を与えたい.

西阪仰発表タイトル:「定期健診における問題提示―位置とデザイン」

発表概要

この報告では,「定期健診」での,医療受益者からの問題提示の組織について考察したい.西阪他『女性医療の会話分析』の7章は,いわば,現在進行中の活動に機会をえた「自己開始」問題提示の組織についての研究だった.それに対して,ここでは,医療専門家により開始されながらも,医療受益者のほうが主導権をとるような問題提示について考えたい.Stivers & Heritage (2001)が,一次医療における「検診」のなかで,医師の質問への返答のなかに,患者が問題提示を組み込む例を分析している.この報告では,42の妊婦健診のなかから,質問への答えに組み込まれた,妊婦による問題提示が,どのようにデザインされ,医療専門家にどう扱われるかを,会話分析の手法により考察する.妊婦の心配は,きわめて端的に表明されるが,それは医療専門家によってすぐに取り上げられることが少ない.この相互行為的な展開は,健診の全体構造と局所的な組織の両方向からの制約にもとづくものであることを,示したい.

シンポジウム 報告要旨

中村和生(明治学院大学)概念分析的手法による科学的ワークの研究

報告要旨

1972年サックスによって始められたとされるワークの研究は、その後ガーフィンケルたちによって主に自然科学の領域を対象として行われていった。本報告では、まず、第一に、ガーフィンケルの教えにおいてワークの研究とはいかなるものであったのかを最低限振り返っておく。その上で、第二に、そうした方針の下に行われた科学的ワークの研究を、とくに実験室研究とテクスト研究を中心に概観する。そして、第三に、「人工類(human kinds)のループ効果」(I.ハッキング)という発想を契機として行われた科学的ワークの研究の新たな展開として、概念分析的手法を用いた研究を取り上げる。そして、この展開の意義や貢献について若干の考察も試みたい。

川床靖子(大東文化大学)インスクリプションのデザインに埋め込まれたワークのポリティクス

報告要旨

ワークの現場では数々のインスクリプションが産み出され、使用される。冷蔵倉庫の作業者は黒板の記述から過去と未来の荷の動きを読み作業を組み立てる。機械部品の製造過程では一つの作業標準書が異なる視点から参照され、人と技術とモノをリンクする。森林の自主管理組織で産出された帳簿類はメンバー相互の監視ひいては協同的活動の維持・構成の役割を果たす。ワークへの参加とはインスクリプションを作り使用する社会・技術的ネットワークの一員になることだ.他方、コピー機の修理実践では機械来歴表を含む様々なアーティファクトが指示、コントロール、葛藤を埋め込んでワークの現場に配置される。アーティファクトのデザインと使用が社会・歴史的葛藤の産物であり、かつ、管理システムのデザインと相互構成的関係にあることを示している。この発表では、介護保険制度を構成するインスクリプションを通して、この制度は誰が、何を、どのような観点からデザインするものか、このネットワークへの参加はどのような葛藤を内包するものかを見ていく。

池谷のぞみ(Palo Alto Research Center)ワークのデザインとエスノメソドロジー

報告要旨

エスノメソドロジー(EM)研究者は、ワーク研究の研究を通じて、テクノロジーを含むさまざまなデザインの領域と関わってきている。特にシステムデザインの領域では、EM研究者がフィールドワークの結果を報告したり、その分析を提示してシステムデザイナーに活用してもらう、という「情報提供」のレベルにとどまらない。システムデザイナーが組み立てる抽象化の枠組みに対して、EM研究者が分析に基づいて提示する「実践において用いられる一般化された知識」を組み込んでいくという方向性も出されている。しかし、こうしたデザインに関わる動きは、システムデザインに限らない。いわゆる制度場面と呼ばれるような場面における活動などは、あらかじめ組織において「デザイン」されなければならない。EMがいかに「ワーク」のデザインと関わり得るのか、事例を交えながら報告する。