2007年度 秋の研究大会

概要

2007 年度の EMCA 研究会大会のプログラムが決まりましたので,ご案内いたします.今年は,認知科学,行動科学,機能言語学において第一線でご活躍の 3 名を講師に招き,相互行為研究に関するシンポジウムを開催します.ぜひとも多くのみなさんにご議論に参加していただければと思うしだいです.(企画担当世話人 西阪 仰・高木智世)

■日時 2007年9月29日土曜日
■会場

明治学院大学白金キャンパス本館2階(北ウィング)1255教室

正門から入られるときは,本館2階が地上階になります。

■参加費

会員* 1000円/一般 1500円
 * 入会申込については →入会のご案内 をご参照ください。

プログラム

9:30 受付開始
10:00 – 12:30 シンポジウム「相互行為研究の可能性: 認知科学・行動科学・機能言語学から学ぶ」

  1. 片桐恭弘(はこだて未来大学)「会話行為の情報科学」 [要旨]
  2. 細馬宏通(滋賀県立大学)「微笑は微かな笑みか?: 微笑と哄笑の相互作用分析」 [要旨]
  3. 鈴木亮子(慶応義塾大学)「会話における引用と提題の関係:『って』構文の分析」 [要旨]

(司会: 西阪 仰)

12:30 – 13:30 世話人会(新旧世話人のみ)
13:30 – 14:00 2007年度総会(会員のみ)
14:00 – 15:15 自由報告 I (会話と行為)

  1. 岩田夏穂・初鹿野阿れ「他者による話題の開始: もう一人の参加者について語ること」 [要旨]
  2. 田中剛太「会話における『思う』の働きについて」 [要旨]
15:30 – 16:45 自由報告 II (医療の相互行為)

  1. 高木智世「診療場面における相互行為の資源としてのカルテ」 [要旨]
  2. 西阪 仰「周産期医療における相互行為の一側面: 問題提示とその扱い」 [要旨]

シンポジウム「相互行為研究の可能性: 認知科学・行動科学・機能言語学から学ぶ」講演要旨

片桐恭弘(はこだて未来大学)「会話行為の情報科学」

会話を行為という観点からとらえるという手法はさまざまな分野で広く採用されている.行為概念に依拠することの利点は,言語に対して,記号の系列という抽象レベルでの記述のみに限定されずに,一方では,発話意図,背景信念やさらには感情や文化制約のような発話の背後にあって会話を支えているより抽象度の高い要因を,他方では,音声やジェスチャー等,身体的で具象性の高い要因を両方共,考察の対象として取り入れることを可能とした点にある.情報科学の手法を用いたそれら両方向への拡張の例として,日英会話スタイルの比較によるインタラクションスタイル類型化の試み,および機械学習手法を用いた自然会話における非言語情報の組織化と機能分析の試みについて紹介する.

細馬宏通(滋賀県立大学)「微笑は微かな笑みか?: 微笑と哄笑の相互作用分析」

ヒトを含む動物の発する信号には大きく分けて三つのレベルの指標がある。第一は、発し手の内的状態、第二は、信号の指示対象(自他の発語、身体動作、特定の事物など)、そして第三に、信号の受け手が誰であるかである。笑いについても、

  1. 笑いによって表される情動 (快不快など),
  2. 笑いの対象(自他の発語・身体動作、特定 の事物など)
  3. 笑いの受け手(誰に笑いかけているか)

という3つの問題をたてることができる。

言語活動に比べると、微笑は扱いが難しい。それは、これら三つのレベルの指標に、よりあいまいさがつきまといやすいからである。第一の情動については、感情心理学や表情研究の領域で、表情と情動を結びつけるためのさまざまな試みがなされている(たとえば、 Ekman & Friesen 1979, Izard 1979)。とくに微笑みに関しては、従来、一括して微笑として扱われていたものの中に、口角のみがあがる演技的笑いと、目の周辺や頬にかけて全体的な表情筋の変化を引き起こす 自発的笑い(デュシエンヌ・スマイル)とがあることが知られるようになってきた(Ekman et al. 1992)。

しかし、これらの研究は、微笑みの背後にある情動をあくまで傾向として取り出すものであり、個々の場面における微笑の意味を保証するものではない。心理学の諸研究は、特定のタイプの微笑みが特定の情動と一意的に結びつくとは限らないことを示しており、むしろ微笑の文脈依 存性を示唆している。第二の対象指標性にも、あいまいさが伴う。笑いは、発語に含まれる名詞や動詞とは異なり、そこに対象の情報をほとんど含んでいない。笑いの対象は多くの場合、それに伴う発語やジェスチャーと組み合わせて解釈され、文脈依存性が強い。発語に差し挟まれる笑いは、差し挟まれたことばとの間に強い関係を持っていると思われる (Jefferson 1984) ものの、差し挟まれた語が笑いの対象であるとは限らない。

第三の受け手指標性は、会話分析において重要な問題である。発し手 と受け手の関係については、Jefferson (1979, 1984, 2004) に よって精力的な分析が行われており、発語者が自ら笑うことで、受け手 の笑い/笑いの拒絶を引き起こす例が数多く指摘されている。が、多人数会話における会話分析でしばしば問題にされる「受け手は誰か?」という問題は、笑いについてはこれまであまり論じられてこなかった。その原因は、会話分析の扱ってきた笑いが、もっぱら発声を伴う哄笑 laughter であり、laughter に伴う表情や、laughter に至 らない微笑 smile が扱われてこなかったことにあるだろう。

笑いの音声には,特定の相手を指す性質が希薄なのに対し、笑いの表情には、笑いを浮かべている顔の向きを伴う。多人数会話においては、この顔の向きが、受け手が誰であるかを示す重要な手がかりになる。以上の点を踏まえて、本発表では、これまであまり論じられることのなかった微笑に焦点をあて、それが哄笑とどのような相違点を持つのかを考える。その上で、笑いにおける視覚性/聴覚性という二つの側面が、相互作用の中で、いかに協調的/競合的に現れるか、それが多人数会話の相互作用にどのように関わっているかについて事例を挙げながら論じる。

鈴木亮子(慶應義塾大学)「会話における引用と提題の関係―『って』構文の分析」

日常の会話で、頻繁に使われる形態素の一つに『って』がある。会話の中での『って』は、発話の中程、末尾、冒頭で様々な働きをしている。『って』の最も古く基本的な機能は、発話や思考内容に接続する、いわゆる引用助詞としての用法だが、この発表では、馴染みの薄い事物や人の名前を提示・説明する、名詞に関連する用法に焦点をあてる(例:いくつなんですか、妹さんって?)。引用の標識がなぜ名詞関連用法をもつのか? 現代の会話データをみると、

  1. 直前の発話に部分的に言及(引用)して意図や意味を尋ねる、
  2. 会話の場に存在する事物を指し示す、
  3. 会話の場には存在しない事物に言及・提示する

という三通りの名詞関連用法がある。

自由報告要旨

自由報告 I(会話と行為)

岩田夏穂(お茶ノ水大学)・初鹿野阿れ(東京国際大学)「他者による話題の開始: もう一人の参加者について語ること」

初対面2人を含む3人の会話においては,参加者がお互いについての情報の非対称性とその解消を志向する現象が観察される.話し手がある参加者に宛てて,もう一人の参加者について語ることによる話題開始もその一つであろう.例えば,参加者AがBに、Bと初対面の参加者Cについて,「Cさんね わざわざ大阪へライブに行ってきたんだって」と切り出す発話は、Cに関する情報をBに提供するとともに、当事者Cにその話の続きを促している。このAの発話は、三者の関与が可能な話題開始のきっかけとなっていると考えられる。今回の発表では,このような現象に着目し、上述のようなAの発話に対する他の参加者の適切な振る舞いと次話者選択のルールとの関連に焦点を当てることで、他者による話題開始のメカニズムを探る。

田中剛太(明治学院大学)「会話における『思う』の働きについて」

本報告では会話分析の手法を用いて、会話の中で「思う」という述語がどのような働きをしているかを、データに即して検討する。「思う」という発話が置かれた行為連鎖の組織に注目し、発話連鎖の組織という次元と、具体的な実践という次元から分析を試みる。そのような実践の典型的な例としては、「~しようと思う」という述語が「意図」を表現する場合が挙げられる。意図を語るという実践が可能になるのは、行為連鎖上の特定の環境においてのみである。

一方、発話連鎖の組織に着目すると、話者は「思う」という発話によって、前に戻ることをする、シークエンスを終わらせる、相手の特定の発話を予めブロックする、などの行為をすることがある。こうした行為がどのような実践を行うことであり、それがどのような心的事象を明らかにすることになるのかを検討することが本報告の目的である。

自由報告II(医療の相互行為)

高木智世(つくば大学)「診療場面における相互行為の資源としてのカルテ」

医師は患者の話を聞きながら時折カルテ上にメモを取る。医師のその行為は、そのとき患者によって語られていること(に関わること)が書きとめているものであって、書きとめられていることは、診断や治療に関わる重要な情報であるという理解を導く。

この理解は、医師と患者の間で共有された前提としてその後の相互行為の組織に利用可能な資源となる。本発表では、カルテに記録されたことを「ここ」や「これ」といった指示表現を用いて指し示すことが、患者によって語られた様々なことを治療に関連付けて再配置したり、患者が語った自身の体験やふるまいについて「無難に」質問したり評価したりする手立てとなっていることを詳細に検討していきたい。

西阪 仰(明治学院大学)「産期医療における相互行為の一側面: 問題提示とその扱い」

産科医院もしくは助産院において,健診を受ける妊婦が,医療専門家に促されてか,あるいは自らか,「問題」を提示することがある.その問題提示の構成および連鎖上の位置と,その問題に対する医療専門家の応答の構成および連鎖上の位置を考察してみたい.(まだきちんと体系的に考え始めているわけではないが)この間一連のデータを見ているかぎり,次のような印象を持ち始めている.妊婦が問題提示の開始者である場合,

  1. 問題提示は,「極端な定式」を用いる,第三者に言及する,等という特徴的な構成(とくに問題発見の責任の分散を含意する構成)を取り,
  2. 医師もしくは助産師による問題の取り扱いは,何らかの形で遅延され,
  3. さらに,その問題がその後の健診の展開を枠付けることになる,

と.この報告では,このことを確認するとともに,このパターンの持つ相互行為上の意味について考えたい.