前田 泰樹、2008、『心の文法 – 医療実践の社会学』(新曜社)

目次と書誌

  • 2008年12月 発行
  • 定価 3,360円(税込)
  • 288頁
  • ISBN 978-4-7885-1139-2
  • 新曜社 |

実践から描き出す、私たちの心

私たちは、心について考えたり語ったりするとき、それをつい個人の能力や性質として見てしまいます。しかし、私たちが他者の感情を読み取ったり動機を推し量ったりするのは、さまざまなやりとり、すなわち実践においてです。心は、実践の中でその形を表すのです。本書は、歯科や看護、検査、言語療法など、ひろい意味での医療の現場における実践において、動機、感覚、感情、記憶などがどのように使用されているかに焦点を合わせながら、私たちの「心の文法」をつまびらかにしていきます。社会学、心理学、言語学、哲学、また、研究の対象領域である医療など、幅広い分野からの関心を呼ぶものと期待されます。著者は、好評入門書『ワードマップ エスノメソドロジー』の編者のひとり。

はじめに
第I部 心の理解可能性
  • 1章 行為記述の理解可能性
  • 2章 私的経験の理解可能性
第II部 感情と経験
  • 3章 共感の理念と感情の論理文法
  • 4章 感情を配慮する実践
  • 5章 傾聴活動の論理文法
第III部 記憶と想起
  • 6章 失語症研究と想起の論理文法
  • 7章 生活形式としての失語症
  • 8章 経験の記憶の語り

本書から:「結語」より

本書では,動機,感覚,感情,記憶といった概念を主題としてとりあげてきた。歯科診療の場面で,歯科医師は,患者の痛みの訴えをどう理解し,どう扱うのか。あるいは,問診や電話相談で訴えられた不安は,どのように受け止められるのか。あるいは,言語療法において,ある言葉が想い出せたり想い出せなかったり,といったことは,どのようなこととして理解されているのか。こうしたさまざまな実践において用いられる心にかかわる概念の論理を記述してきた。歯の「痛み」やペースメーカーの故障への「不安」や終戦の日の「思い出」といった概念が,他のさまざまな概念とどのように結びついたり(あるいは結びつかなかったり)して,用いられたり(あるいは用いられなかったり)するのか,ということを記述してきたのである。それは,病いの当事者や医療の専門職を含む医療実践に参加する人びとが使用する方法(方法論),すなわち,記述装置を記述する試みであった。(p.219)

著者に聞く ── 一問一答

本書を書こうと思った動機やきっかけがあれば教えてください。 本書は、私にとって最初の単著で、今まで書いてきたものをまとめたものです。1995年に、『哲学の探求』という雑誌に、「言語ゲームにおける『理解』 と『知識』」という、私にとって最初の小論を書き、「なぜ記述が可能なのか」という懐疑論と手を切ったときに、これから考えていくことをいずれまとめなければいけないんだろうなと、漠然と考えていました。それ以降は、何かあるたびに、早くまとめなければと、あらためて思いなおしていました。すぐれた研究にであったことも、調査をすすめていくなかで多くの人に出会ったことも、そのように思いなおすきっかけでした。そして、近しい人たちが病いをえていくのをみるにつれて、早くまとめなければ、という思いは、強まっていったように思います。あとは、私がもたついているあいだに、時代の方が変わって、博士論文を書くということが、かつてのように夢のようなことではなくなったことも大きかったと思います。
構想・執筆期間はどれくらいですか?

学部の専門課程に進学して、L. ウィトゲンシュタインを読みながら、人が 人の行為を記述する、ということの重みについて考えはじめてから、とするなら、構想16年くらいになります。

学部時代からお世話になっている先生の教えの中で、唯一私が守ることができたのが、「10年同じことを続ける」というものでした。ですので、大学院に進学したころには、10年くらいかけて一つの仕事をするのだと、なんとなく想定していましたが、実際にはもっとかかりました。

基本的なプランを大きく変更したりとか、作業量が格段にふえたりといったことは、特別になかったのですが、単純に、いっぱいいっぱいでした。

これまで出された著書(あるいは論文)との関係を教えてください。

今まで書いてきたものをまとめたものですが、あらためて概念の結びつきを たどりなおすように努めたので、だいぶん印象が変わっているかもしれません。

また、「あとがき」にも少し書きましたが、いたずらに難解になりがちな 私の文章が、今までより少しでも読みやすくなっているとしたら、それは、編集担当の高橋直樹さんのおかげによるところが大きいです。

執筆中のエピソード(執筆に苦労した箇所・楽しかった出来事・思いがけない経験など、どんなことでも可)があれば教えてください。

執筆に苦労した箇所は、ほとんど全部です。「あとがき」にも少し書きましたが、本書の執筆期間は、私の家族にとっては、自らや自らの近しい人が病いと折り合いをつけていく時間でありました。

そのため、本書における医療実践 の記述をとおして、その実践に参加する方々から教わってきたことと、自らが 病む人の家族として経験したこととが、結びついて感じられることが、しばしばありました。

とくに、本書の完成が近づくにつれて、様々なことがらが一つにつながっていくような感覚を持ったことを、覚えています。

執筆中のBGMや、気分転換の方法は? なかなかはじめられないときのための一枚として、Matching Mole というアーティストの ファースト・アルバム を、ひたすらリピートして聞いていました
(次点は、Soft Machine の サード です)。
執筆において特に影響を受けていると思う研究者(あるいは著作)は?

「影響を受けている」というとおこがましい気もしますが、大学院に進学した時点で、浦野茂さんと中村和生さんにお会いすることができたことは、とて も幸福な出来事であったように思います。お二人のおかげで、M. リンチの翻 訳作業に参加させていただいたり、来日した C. グッドウィンの講演を拝見することができたりというふうに、エスノメソドロジーの勉強をはじめることが できました。これらの方々の著作は、本書においても、多く参照させていただいております。また、お二人とは、本書の次に出版される書物を共編させていただいております。

なお、文献表にあがっていませんが、「執筆」という作業そのものについて 考えさせられた、といういみでは、保苅実さんの『ラディカル・オーラル・ヒストリー』(御茶の水書房)を、あげさせていただきたいと思います。

社会学的(EMCA的でも可)にみて、本書の「売り」はなんだと思いますか?

社会学においても、動機、感情、記憶といった概念が、様々な仕方で用いら れています。そして、それらの概念は、広いいみでの医療の実践においても用 いらています。その両者の用法を、互いに結びついたものとして、同じ水準で記述するように試みたことが、特徴的だと考えています。

本書における実践の 記述は、性急に問題を個人化してしまわないためのインストラクションとして 読むことができますが、その含意は、社会学の理論や方法論に対しても及ぶも のだと思います。

言語学者に特に読んで欲しい箇所はありますか? その理由は? 第三部です。
認知科学者に特に読んで欲しい箇所はありますか? その理由は? すべての章です。
実践家に特に読んで欲しい箇所はありますか? その理由は? 2章、4章、5章、7章、8章です。
EMCAの初学者は、どこから読むのが分かりやすいと思いますか?また、読むときに参考になる本や、読む際の留意点があれば、教えてください。

関心を持っていただいた章から、お読みいただければ、と思います。 例えば、1章がわかりにくいと感じられたら、いったんとばして、先に進んでくだ さい。どこから始めたとしても、概念と概念のつながりを一つひとつ意識しながら、そのつながりをいったりきたりとたどるように、お読みいただければ、 と思います。また、読むときに参考になる本としては、『ワードマップ エスノメソドロジー』(新曜社)があります。

本書の第一部「心の理解 可能性」の内容の核になる部分は、『ワードマップ』第2章の「行為を理解す るとはどのようなことか」にまとめられています。第二部「感情と経験」の核 は、『ワードマップ』9-5「感情」に、第三部「記憶と想起」の核は、『ワー ドマップ』9-6「記憶と想起」に、それぞれまとめられています。目を通して いただければ、本書を読むさいの手がかりになると思います。逆に、『ワード マップ』を読んでEMCAに関心をもっていただいた読者にも、本書を読んでいただければ、幸いです。

次に書きたいと思っていることはありますか?

『出版ニュース』という雑誌にも、「医療実践の概念分析」というタイトルで、少し書かせていただいたのですが、本書からもう一歩、医療や看護の実践 から発せられてきた問いの方へと踏み出してみたい、と思っています。

そのためには、それぞれのフィールドに固有の知識を理解できるようにならなければ なりませんが、そうした知識のなかには、急性期の病棟で行われている申し送りの具体的な手順についてのものもあれば、遺伝学的知識のようにあらたに利 用可能になっていくものもあります。それらの知識が、医療者や病者の日々の 実践においてどのように用いられ、また、日々の実践をどのように変えていく のか、考えてみたいと思います。その最初の一歩として、次に出る共編著で は、遺伝学的知識と折り合いをつけていく人々の方法論について考察した論考 を書いています。

書評情報

紹介

『臨牀看護』第35巻第5号 2009年 4月号 へるす出版 778ページ

本書で扱われていること ── キーワード集

I-R-E 一貫性規則 一般化された記述 医療社会学 因果的説明 因果的連関 インストラクション ウィトゲンシュタイン派エスノメソドロジー ウェルニッケ失語 ウェルニッケ‐リヒトハイムの図式 エスノメソドロジー Xについて語るフォーマット エトセトラ問題 
懐疑主義 会話分析 課題提示の装置 カテゴリー対 カテゴリー集合 可能な記述 可能なトラブル 還元主義 観察可能 観察者 記憶 記憶管理 記憶規則 記憶的中立性 記憶労働 記憶 記憶イメージ 記憶障害 記憶の科学 記述装置 記述のもとでの行為(理解) 
基準 規則に従う 機能の分析 規範キュア 共感的理解 共在 協働的な作業 ケア 経験 経験のかけがえなさ 経験の語り 経験の記憶 経験の私秘性 経験命題 経験を語る権限 経済規則 傾聴 言語学 言語ゲーム 行為理論 
後悔 個人還元主義 個人を単位とする存在論 語頭音ヒント 言葉探し コミュニケーション環境

参加者たち自身の方法 資源 自己物語 自然言語の習熟 失語症 実証主義 実践の論理私的経験 社会学的記述 社会学的装置 社会構築主義(社会構成主義) 社会生活の科学 集合的記憶 修正 修復状況 条件づけレリヴァンス 常識的カテゴリー
 情緒的な互酬性心理学 人類学 スロット 成員が用いる測定システム 生活形式 正当化 世界像命題 全体論 専門家 専門性 相互行為相互行為上の能力 相互行為に参加していく能力 相互行為分析

第二の物語 大脳局在論 他者理解 立場の交換可能性の仮定 達成 他人の心 ターン構成単位 単なる記述 談話分析 知識状態の変化 知識の記憶 秩序だった仕方で成し遂げられた変形 徴候 適用規則 哲学 動機的理解 動機の語彙 同調 ドストエフスキー トラブルの語り

内観モデル 日常言語学派 任意の時点で使用可能な装置 脳血管障害

媒体還元主義の誤り 配慮非推論的 人びとの方法論 不安 ブロカ失語 文化的な判断力喪失者 分析可能性 文法文法的命題 文脈弁解 補修

前置き メンバー メンバーシップ・カテゴリー化装置 メンバーの方法 物語物語から退出する装置 物語の語り 

役割 理解可能性 例外 レリヴァンス レリヴァント 論理的連関 論理文法