松永伸太朗、2020、アニメーターはどう働いているのか

目次と書誌

  • 192ページ
  • 2,800円+税
  • 発行日:2020/4/10
  • ISBN-10: 4779514622
  • ISBN-13: 978-4779514623
  • 出版社: ナカニシヤ出版

なぜ集まって働いているのか。制作現場はどのように維持されているのか。綿密な参与観察を通して、労働の実態と当事者の論理に迫る。

目次

 

序章 アニメーターの労働への新しい見方
第1章 アニメーターの労働をめぐる諸前提
第2章 X社というフィールド
第3章 生産活動――作画机の上での協働と個人的空間
第4章 労務管理――仕事の獲得・不安定性への対処・協働の達成
第5章 人材育成――技能形成の機会
第6章 個人的空間への配慮と空間的秩序の遂行
終章 本書の要約とインプリケーション

本書から

本書では,フリーランスであるにもかかわらず労務管理を受けて場所の柔軟性が乏しいというアニメーターに特徴的な働き方が,アニメーターにとってどのような意義をもっているのかについて,当事者水準での合理性を把握することを通じて明らかにする。そうした作業を通して,すでに10年ほど議論されているアニ メーターの労働問題の改善について示唆を与えるとともに,労働社会学における新たな研究視点を示す。(p.ⅴ)

著者に聞く ── 一問一答

本書を出版しようと思った動機やきっかけを教えてください.  もとが2018年3月に一橋大学大学院社会学研究科に提出した博士論文ですので、一研究者として博論はしっかりとした学術書にしたいとは思っていました。それと、アニメ産業での働き方をめぐる適切な理解を促進するにはまだ課題が多いと思っていたこと、フリーランス労働をめぐる労働政策における議論が急速に進んでいたことなどを見て、フリーランスのアニメーターの働き方に触れてきた立場としては、未熟な内容であってもそこまでの研究成果を世に問う必要があると感じていました。
構想・執筆期間はどれくらいですか?  そもそもの博論の構想ということになるとだいたい博士課程2年目だった2016年あたりになるかと思います。著書としての執筆期間は、2018年から2019年までの1年ほどです。分析パートについてはもとの博論を生かしていますが、議論の文脈や先行研究レビューなどについてはかなりアップデートしたので、それに多くの時間を費やしました。
本書以前に執筆された著書(あるいは論文)との関係を教えてください。  2017年に出版した『アニメーターの社会学:職業規範と労働問題』(三重大学出版会)はインタビューデータの分析に基づいて職業に関する規範を描いた内容でしたが、本書は労働現場のフィールドノートの分析に基づいて職場に関する規範を描いた内容になっています。2冊を合わせて読んでいただく方が、アニメーターの働き方の特徴がより複層的に見えるのではないかと思います。
また、本書は労働空間の分析を全体通して行っていますが、これは2016年頃から法政大学の梅崎修先生を筆頭とする研究チームで行ったIT企業でのワークプレイス研究に関わらせていただいて発想を得た部分が多くありました。そちらの成果としては、「ノンテリトリアルオフィスの空間設計と身体作法:流動的再場所化による創造的チームワークの達成」(『日本労働研究雑誌』720号)という論文があります。多様な職場で調査経験を積めたことは、本書の分析に思い至るうえでも重要なバックグラウンドになっていたと思います。
執筆中のエピソード(執筆に苦労した箇所・楽しかった出来事・ 思いがけない経験など、どんなことでも可)があれば教えてください。  執筆期間中の2019年4月に現職の長野大学企業情報学部に助教として迎えていただいて、慣れない仕事の中で細切れの時間に少し書くということを繰りかえしていたように思います。大きな環境の変化でしたが、この時期だからこそ本書を書けたところもあると思っています。初めて受け持ったゼミで労働研究や社会学関係の文献の輪読をしてみたら学生が想像以上に難しそうにしていて、そこで自分なりにかみ砕きながら説明をする仕方を模索する経験を何度もしました。これと並行して本を書いていたので、内容が難しくても、順に読めば自然に論理展開がわかるような文章になっているのかを以前より厳しくチェックしながら書く癖がついたと思います。潜在的な読者を目の前にしながら書くという経験は、一人の書き手として非常に大事な経験だったと思います。
執筆において特に影響を受けていると思う研究者(あるいは著作)があれば教えてください。  労働社会学者として長らく影響を受けているのは、やはりマイケル・ブラウォイの労働過程をめぐる一連の議論です。日本では公共社会学のプログラムを宣言した社会学者として有名ですが、労働社会学者としてブラウォイがやってきた仕事をもっと紹介できるようにしなければと思っています、
また、EMCA研究者では、とくに本書ではルーシー・サッチマンの議論が参考になりました。労働空間の分析を軸にして博論が書けると確信できたのは、彼女の航空通信室での相互行為をめぐる論考を学んだ経験に根ざすところが大きいです。
社会学的(EMCA的でも可)にみて、本書の「売り」はなんだと思いますか?  先にEMCAとの関連でいくと、前著の『アニメーターの社会学』では、EMCA研究への貢献といえる部分が自分としてはあまり出せなかった点が心残りでした。本書では、EMCA研究者による労働社会学批判に対して両者に両立する部分があることを指摘したり、労働空間の秩序を記述することを通して組織の規範を記述することも行うという形でワークプレイス研究における新規性を主張したり、EMCAにおける貢献をいくつか主張しました。EMCA研究会会員の方々には、このあたりがどの程度成功しているのか、ご批評をどこかで賜れると嬉しいです。
社会学としては、私は常々規範的な議論と社会の成員がなす行為の適切な記述の関係をどう考えるかという点に留意しており、労働問題を扱うことも多い労働社会学は、とくにこの関係についてしっかり答えを持たないといけない分野だと思っています。私自身は、批判的視点を前提として立てるのではなく、まず現場の労働者がどういう秩序を作っているのかを労働者自身の水準で把握することが大切で、それをしてはじめて規範的な議論が有意味になるのだと考えています。この考え方は労働社会学がかねてから有しているものではありますが、本書はやはり空間の秩序という観点で適切な記述に取り組んだという点が売りとして言える部分なのかなと思います。
労働研究者に特に読んで欲しい箇所はありますか?またその理由を教えてください。  経済学や経営学をはじめとして、社会学以外の社会科学的な立場から労働現象を扱う労働研究者に対して労働社会学やEMCAの意義をどう理解してもらうかという点は、私がこれまでずっと注力してきた点です。ですので、やはり全部通して読んでほしいというのが本音です。ただ、強いて部分を挙げるのであれば、第4章「労務管理」、第5章「人材育成」になると思います。このあたりはフリーランサーの働き方をめぐってあまり明らかにされてこなかった事実が数多く含まれています。2020年にいただいた『労働関係図書優秀賞』の講評でも、実際にこのあたりの章を評価していただいたようです。
実務家や実践家に特に読んで欲しい箇所はありますか?またその理由を教えてください。  アニメ産業で働く方を想定すると、分析パートの第3章から第6章までをご自身の職場と比較しながら読んでいただくと発見があるのはないかと思います。研究対象のX社の事例はアニメーターの労働を維持可能にするためにさまざまな有意義な点がありますが、職場によってはそれが異なる仕方で達成されていたりすることもあると思います。 フリーランス労働を主題としているので、他の職業でフリーランサーとして働く方や、フリーランサーの活用にかかわる実務を担当されている方も読者の念頭にあります。分析パートはもちろんですが、序章のフリーランス労働をめぐる先行研究レビューも読んでいただけると、国外のフリーランス労働研究でどのような知見が指摘されているのかを概略的に把握いただけるのではないかと思います。
EMCAの初学者は、どこから読むのが分かりやすいと思いますか?  また、読むときに参考になる本や、読む際の留意点があれば、教えてください。  全体のなかでは序章が少し重たい内容になっていますが、まずは序章をゆっくり読んでいただいてから分析パートを読んでいただくのが結果的に近道だと思います。ただ、分析パートは作画のデータを使ったり、フィードノート上に記録した会話を扱ったり、人の移動を扱ったりしていて意外とデータの種類が多様なので、パラパラと見て自分が分析してみたいと思っているデータに近い章から読んでいただくのもありな気がします。 参考になる本は絞るのが難しいですが、私自身が社会学やEMCAに限られない広い意味での「労働調査」を基礎としてきたことを踏まえると、梅崎修・池田心豪・藤本真編『労働・職場ガイドブック』(中央経済社、2020年)を通読してもらってから本書を読んでもらえると理解が深まる部分があるかもしれません。労働研究における調査には、企業や労働者の活動を詳細に記述する伝統があります。そのなかでEMCAの方針に基づくと何ができるかを考えるのが私が背負ってきた課題の一つで、本書は一応それに一つの答えを与えることができたと思っているので、そうした達成の如何を吟味していただくうえでも労働調査を学びつつ本書を手に取る人がいると嬉しいなと思います。
次に書きたいと思っていることや今後の研究の展望について教えてください。  アニメ産業という対象はベースにしつつ、フリーランス労働のあり方についてより考察を広げていきたいと思っています。とくに本書を出して以降関心を持っているのは、制度的な雇用保障のないフリーランサーがいかにして雇用労働者に準じるような中長期的な展望を獲得することができるのかという問題です。これ自体社会学的にも、労働政策的にも重要な問いですが、この問いとEMCAの方針のもとで行う研究がどのような関係を持つことが可能かについても考えたく、むしろこれを考えることこそが労働社会学とEMCAの関係を考える立場としては担うべき次の課題であると思っています。

本書で扱われていること ── キーワード集

フリーランス労働、同意の生産、空間的秩序