- 目次と書誌
- 本書から
- 著者に聞く ── 一問一答
- 本書で扱われていること ── キーワード集
目次と書誌
- 363ページ
- 3,400円+税
- 発行日:2019/2/6
- ISBN-10: 486339103X
- ISBN-13: 978-4863391031
- 出版社: ハーベスト社
本書の目的は、人々のマンガに関する経験――マンガ経験と呼称する――を語るという行為を分析することで、メディアとアイデンティティの関係性の一端を明らかにすることである。たとえば、本書の分析事例には「兄がいたので(自分は女性であるが)週刊少年マンガを読んでいた」「自分も三畳間に暮らしていたので、同じ境遇の主人公に共感した」といった語りが登場する。そこで人々は自分自身のマンガに関する経験を語る際に、意識的であれ、無意識的であれ、語り手自身に関する事柄をも筆者に示している。本書はこのような現象を、アイデンティティという枠組みを用いて分析していく。(p1)
目次
序章 現代社会におけるマンガ/メディアとアイデンティティ |
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第1章 研究背景─マンガとはいかなるメディアか |
第2章 問題意識─“彼ら”はいかにアイデンティティを構成し提示するのか |
第3章 理論的検討─マンガ経験とアイデンティティの分析視座 |
第4章 調査方法・調査概要・分析課題─ライフストーリー・インタビューの概観から |
第5章 マンガを読むという経験―マンガテクストの解釈手続き |
第6章 時代経験としてのマンガ経験─『週刊少年ジャンプ』をめぐるマスター・ナラティブとモデル・ストーリー |
第7章 マンガ経験とナラティブ・アイデンティティ─“彼ら”はいかにして自己の物語を構成するのか |
第8章 マンガ経験とカテゴリーを基盤としたアイデンティティ─“彼ら”のアイデンティティはいかに提示され・理解されるのか |
第9章 ライフストーリーにおけるマンガ経験─“彼ら”の経験の重層性と問い直し |
第10章 結論─“彼ら”がマンガを語るとき、 |
補論 社会学におけるマンガ研究 ─マンガはいかに研究されてきたのか |
本書から
人々は自身の知識や経験を参照しながらマンガのテクストを読む(第5章)。その時、人々は、登場する人物と経験や感情を共有したり、テクストの中で示されている価値観を共有したりする(第4章、第7章)。そして、その経験は個人的なものにとどまらず、しばしばマスター・ナラティブやモデル・ストーリーを媒介として、身近な人々や、同世代、同じ嗜好をもった人々との間で共有された経験として位置づけられる(第4章、第6章)。また、マンガを購読した経験には、作品の購読だけでなく、社会的な経験や歴史的な経験が重層的に含まれている(第9章)。そして、人々はマンガを購読したという経験を語る際に、あらためて自身の経験や知識を参照する中で、自らが社会の中でどのような位置に置かれているのか、あるいは自らのナラティブ・アイデンティティがどのようなものか構成し、提示する(第4章、第7章)。あるいはカテゴリーを基盤としたアイデンティティが、特定の場面状況における個人のマンガ経験と適切に結びけられることによって、会話を行う両者双方に理解可能なものとして受容できるように提示され理解される(第8章)。このように人々のマンガ経験は、個人的な経験でありながら、読者を社会的・歴史的文脈へと結びつける。つまり、「人々にとってマンガ経験とは自分自身のアイデンティティを他者に示したり、自分自身のアイデンティティを確認したりする媒介になりうる、個人的・社会的・歴史的な経験」である。付言すれば、マンガとは「現代社会においてアイデンティティのリソースを提供する重要なメディアの1つ」なのである。(p305-306)
著者に聞く ── 一問一答
本書を出版しようと思った動機やきっかけを教えてください. | 先に修了されていた大学院の先輩方も多くの方が博士論文を出版していたので、「博士論文は出版するもの」という意識はありました。また、マンガに関する研究はここ20年で充実してきているものの、社会学的にマンガ読者を分析したまとまった研究は前例があまりないと考えていたので、博士論文を執筆している時点で、「この研究成果は出来る限り多くの人に知ってもらいたい」と考えていました。 |
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構想・執筆期間はどれくらいですか? |
本書のあとがきにも書きましたが、高校時代に夏目房之介先生の『NHK人間大学 マンガはなぜ面白いのか』(1996年)を視聴して以来、漠然と「マンガ研究をしたい」という意識がありました。ということで、構想だけなら20年以上です。 その後、紆余曲折を経て大学院博士課程前期課程(修士課程)で実際にマンガ研究を行うことになります。なんとか進学できた博士課程では5年かけ、博士論文を2011年に提出しました。すぐにでも出版したかったのですが、内容について色々なご指摘をいただいたこともあり、大幅に加筆修正を行う必要が出てきました。さらに当時は出版する経済力もなく、出版助成でも良い結果を得ることが出来ませんでした。 結局、博士論文提出から出版までさらに8年かかってしまいましたが、(手前みそながら)内容は充実したものに出来たと思っています。 |
編集作業中のエピソードがあれば教えてください。 |
単著の出版が初めてということもあり、原稿の朱入れが多くなってしまったなど、出版社の方には大変なご迷惑をおかけしてしまいました。この点については大きな反省点であると思っています。 一方で、実際の校正作業については、日常業務の合間に進めるという感じでしたが、8年越しの目標だったこともあり、高いモチベーションを持って臨むことが出来ました。 |
本書の「売り」は、どのようなところにあるとお考えですか? |
1つ目は、テクストが分析対象となる傾向があったマンガについて、読者を対象にした点です。元々、自分はマンガが大好きな人間であるので、マンガ作品に対して一歩ひいた目線で分析を行う自信がなく、読者を分析対象にするようになったのですが、結果的に本書のオリジナリティの一つになっているかなと思います。 2つ目は、分析にあたり特定の読者集団を前提にするのではなく、個別の読者のライフストーリーにおけるマンガ経験に焦点化し、個人のアイデンティティがマンガに関わる経験とどのように関係しているのか明らかにした点です。マンガ研究は、「オタク」「ファン」、あるいは「若者」といったカテゴリーと結びつくことが多く、それはそれで重要な意義があると思います。しかし、より幅広く「いわゆる一般のマンガ読者」あるいは「普段はマンガ読者であることに自覚的ではないオーディエンス」も対象にして、違う視点もあるという点を提示できたのは、特にオーディエンス研究に対して寄与できたと考えています。 3つ目に、メディア・オーディエンス研究の分析手法としてエスノメソドロジーの視座を用いて分析を行った点です。オーディエンス研究では、インタビュー調査が行われることが多かったのですが、実際のデータの分析手法については素朴な実証主義に基づくものが多かったと考えます。その意味で、しっかりとした調査の視点を当該研究領域に提示できたのは重要な成果であると思っています。 4つ目に、出版後に皆様から言われて気が付いたのですが、社会学領域におけるマンガ研究を数多く参照しているのも一つの「売り」になっていると思います。社会学領域のマンガ研究は、実はそれなりの蓄積があるのですが、個別の研究者が単発的に発表することが多く、体系化された整理がされていませんでした(近年は状況が変わってきていますが)。自分は、大学院入学まえに「先行研究が不足しているから苦労する可能性がある」ことを試験官の先生に指摘されたこともあり、博士論文執筆時に出来る限り多くの文献を集めるようにしていました。結果的に、副産物として本書の補論が出来ました。無論、これで完全とは言えないのですが、社会学におけるマンガ研究の成果を体系化する議論のための踏み台は提供できたかなと思います。 |
実践家にとくに読んでほしい箇所はありますか? またその理由は? | ここでは、マンガ家やマンガ編集者などの方を想定していますが、特に第1章と第5章以降の事例研究について読んでいただきたいと思います。その上で、本書で示した知見について、専門的な観点からどのような感想を持ったのかお教えいただきたいと考えます。 |
メディア研究者にとくに読んでほしい箇所はありますか? またその理由は? | 第2章~第4章について、ファン研究やオーディエンス研究を実践しているメディア研究者の方々に読んでいただきたいと思っています。自分の実感として、カルチュラル・スタディーズが導入され始めた時に輸入されたオーディエンス研究の知見は一応抑えられたものの、その後の最新動向についてどこまで把握できているか気になっています。できれば、この点について、ご批判、ご指導をいただきたいと考えています。 |
どのような方に、どのような仕方でこの本を読んでほしいとお考えですか? また読む際の留意点がありましたら、教えてください。 |
本書は学術書ではありますが、可能なかぎり分かりやすい表現になるように心掛けたつもりです。そのため、一般の方々にもお読みいただきたいと思います。ちなみに、第2章~第4章は専門的な内容になっていますが、それ以降の章は独立性が高いので、興味がわいた章から読んでいただいても問題ないと思いますし、分析などはいったん横において、さまざまなマンガ経験についての読み物として読んでいただいても良いと思います。 その上で、今後の研究の参考にしたいので、本書で書かれている内容について、マンガに限らず、幅広く「ご自身の人生におけるメディア経験(たとえば、アニメや映画、ゲームなど)の経験」について「自分の場合はこうだった」ということを、振り返っていただき願わくは教えていただきたいと思います。 |
本書で扱われていること ── キーワード集
マンガ、マンガ読者、メディア・オーディエンス、アイデンティティ、ライフストーリー、エスノメソドロジー