​伊藤翼斗、2018、発話冒頭における言語要素の語順と相互行為

目次と書誌

  • A5判 300ページ 上製
  • 定価6000円+税
  • 発行日:2018年2月28日
  • ISBN-10: 9784872595833
  • 出版社: 大阪大学出版会 |

発話の冒頭にはいろいろな要素が付けられる。「えっ」「なんか」「でも」「ねえ」「えっと」…。こういった発話冒頭要素が複数付けられた場合に、どのような順序で並べられるのかを明らかにする。単に規則として順序が決まっているというのではなく、その時その場でどのような相互行為上の課題があり、その課題に解決するために発話冒頭要素の順序が利用されている姿に迫る。

目次

第1章 複数の発話冒頭要素を分析することの意味
第2章 発話の冒頭を分析すること
  1. 会話の性質
  2. 会話分析研究
    • 2.1.歴史的変遷
    • 2.2.参与者の指向
    • 2.3.行為と連鎖組織
    • 2.4.会話における時間の経過
      • 2.4.1.並び方
      • 2.4.2.投射
  3. 発話冒頭の重要性
    • 3.1.ターンの構成
    • 3.2.発話冒頭の働き
    • 3.3.冒頭要素の研究
  4. 発話の冒頭が投射すること
    • 4.1.投射の内実
      • 4.1.1.発話の継続
      • 4.1.2.行為
      • 4.1.3.統語的形状
      • 4.1.4.語の選択
      • 4.1.5.次話者
    • 4.2.投射の役割と各内実の関係
    • 4.3.予測と異なる事態が生じた場合
  5. 冒頭要素を扱うに関わる近接研究領域
    • 5.1.談話標識の研究
    • 5.2.感動詞の研究
    • 5.3.フィラーの研究
    • 5.4.あいづちと応答詞の研究
    • 5.5.語用論的周辺部の研究
    • 5.6.本書の着眼点
3章 分析の方法
  1. データについて
    • 1.1.コーパスの利用の問題点
      • 1.1.1.参与者の属性や関係の不透明さ
      • 1.1.2.参与者の属性の偏り
      • 1.1.3.録音されているという 状況が参与者に与える影響
    • 1.2.データの概要
  2. 分析の手順と概念
第4章 冒頭要素の二分類
  1. 遡及指向要素と後続指向要素
    • 1.1.分類基準
    • 1.2.順序規則の全体像
  2. 遡及指向要素と後続指向要素の順序
    • 2.1.遡及指向要素から後続指向要素へ
    • 2.2.隣接性からみた事例事例の検討
    • 2.3.逆順で用いられている事例
  3. 連続使用可能性
第5章 遡及指向要素
  1. 遡及指向要素の性質
  2. 遡及指向要素に関わるこれまでの研究
    • 2.1.トラブルへの対処に関わるもの
    • 2.2.価値付けに関わるもの
    • 2.3.承認に関わるもの
  3. 共通する特徴
  4. 複数使用と順序
    • 4.1.連鎖環境
      • 4.1.1.トラブルにより遅延していた反応
      • 4.1.2.想定外を含む反応求めに対する反応
    • 4.2.複数使用の必要性
    • 4.3.認識の不一致と使用順序
第6章 後続指向要素
  1. 後続指向要素の性質
  2. 後続指向要素に関わるこれまでの研究
    • 2.1.連鎖の起点としての気付きに関わるもの
    • 2.2.呼びかけに関わるもの
    • 2.3.接続に関わるもの
    • 2.4.態度表明に関わるもの
    • 2.5.サーチに関わるもの
  3. 共通する特徴
    • 3.1.順序に関わる分類に向けて
  4. 複数使用と順序
    • 4.1.断絶
    • 4.2.断絶をマークする冒頭要素が用いられる環境
      • 4.2.1.挿入からの復帰
        • 問題解決の連鎖からの退出
        • 説明の連鎖からの退出
        • やり直し
        • 挿入からの復帰が意味することと「聞くこと」への動機づけ
      • 4.2.2.関連する複数のものへの言及
      • 4.2.3.直前とは異なる新しい連鎖の開始
        • 会話の開始から用件へ
        • 会話の前終結への移行
        • 会話の全域的構造への効果貢献
    • 4.3.断絶をマークする要素と順序
第7章 発話冒頭要素が担う働き
  1. 発話冒頭要素の順序
  2. 発話冒頭要素の利用
    • 2.1.会話に現れる「非文法」
    • 2.2.リソースとしての発話冒頭要素
      • 2.2.1.自己修復
      • 2.2.2.引用
      • 2.2.3.立ち遅れ反応
    • 2.3.「始まり」をマークすること
  3. 使われる規則
  4. 檻としての語順から塀としての語順へ
第8章 結論 時間の進行と発話の組み立て
  1. 行為を示す道具としての順序規則
  2. 言葉を発するには時間がかかるということ
  3. 発言するということ
  4. 発展的研究の可能性
  5. 学術的意義と実践的意義

本書から

本書がこれまでの章で明らかにしてきたことを簡単に言うならば、次の二つのことに他ならない。一つ目は、発話冒頭要素が複数使用される際には順序規則があるということ、そして二つ目は、その順序規則は会話参与者によって使われるものであるということである。(p.265)

著者に聞く ── 一問一答

本書を出版しようと思った動機やきっかけを教えてください. 博士論文をもとにした本なのですが、もともと出版する意思はそこまで強くありませんでした。発話冒頭要素の研究も博士論文を書いたことでひとまずの区切りをつけたつもりだったのですが、その後の研究でも博士論文で気が付いたことをベースにしたテーマが継続しており、一度しっかり向き合い直したいと感じていました。また、発話冒頭要素全般を扱っているため辞書的な性質が多くあり、他の研究者の方々にも多少の貢献はできるのでないかと思いもありました。そのようなタイミングで同僚から出版への強力なプッシュがあり、本格的に動き出したのがきっかけです。
構想・執筆期間はどれくらいですか? 博士論文がもととなった本ですので、博士論文の期間(4年)と、実際に出版に向けて動き出した期間(1年半)の5年半です。
編集作業中のエピソードがあれば教えてください。 出版社の方からは論文感が強いということを何度も言われて、本向けの文体に直すのに本当に苦労しました(それでもあまり直せたという実感がないのですが)。もう一つ苦労したのは、冒頭要素の索引を作る作業です。検索したら簡単にできると思っていたのが間違いで、結局全文読みながら一つ一つ拾っていき、校正も同じように一つ一つ確認するというのが非常に大変でした。でも苦労しただけでなく、前々からいいなと思っていたアーティストの方に装幀をお願いし、一緒にお仕事ができたのはとてもうれしい出来事でした。本を作るというのは初めての作業だったので、本ってこういう風にできているのか、といろいろ驚くことが多かったです。
本書の「売り」は、どのようなところにあるとお考えですか? 実利的な「売り」としては、辞書的に使える、ということでしょうか。非常に多くの冒頭要素を扱っているので、巻末に「日本語の発話冒頭要素および関連言語要素」という索引を作りました。そこからたどれる情報は項目によってまちまちではあるのですが、先行研究や実例を探すのに役に立つのではないかと思います。研究としての「売り」は、大きく分けて二つあります。一つは、複数の発話冒頭要素を扱っているという点です。発話冒頭要素の研究はしばしば一つの発話冒頭要素を対象としたものですので、いくつもの発話冒頭要素が発話で使われている状況について集中的に扱っているのは他にあまりないのではないかと思います。もう一つは、これまで言語学分野で「談話標識」「感動詞」「フィラー」などといった具合に別々の扱われ方をしてきた言語的要素を、発話の冒頭で用いられる要素としてひとまとまりにして検討しなおしている点です。そうすることによって新たに見えてくることもたくさんありますので、そこが「売り」となるのではと思います。
言語学者にとくに読んでほしい箇所はありますか? またその理由は? 特定の言語要素に関心のお持ちの方は、まず最後の索引から興味のある箇所にあたっていただくのではないでしょうか。概ね4章から6章に集中しているかと思いますので、そこを読んでいただければ流れを見失わずに、その言語要素が本書で扱われているのかを知ることができると思います。語順に興味をお持ちの場合は、特に7章、そして8章の3を読んでいただければ嬉しいです。これらの箇所では端的に言えば、語順は静的なものではない、ということを論じています。このような考え方はあまり語順研究ではなされることがないのではないかと思いますので、是非読んで欲しいと感じています。また、それ以外の言語研究に関わる方々には7章の2.1が「非文法」について言及していますので、そこが楽しめるのではないかと思います。発話が「非文法」であること自体、会話の役に立っているという内容ですので、言語学では珍しい指摘になっているはずです。
日本語教育の分野の方にとくに読んでほしい箇所はありますか?またその理由は? 私自身が日本語教育に関わって生きてきた身ですので、やはり日本語教育の方にも読んで欲しいと思っています。日本語教育においては発話冒頭要素がそこまで重視されているかと言えば、あまりそうではないのではないかと感じています。もちろん扱っている教科書もかなり多いのですが、やはり付随的な扱いになっていることがほとんどです。発話冒頭要素に関して、どのような誤用があるのか、どのように習得が進むのか等、様々な観点から研究できるのではと感じています。このようなことに興味をお持ちの方で、関連研究が知りたい場合は2章の5、全体像と実例を見たい場合は4章~6章が役に立つと思います。あるいは、研究にせよ、実際の日々の授業にせよ、特定の言語要素が気になった場合はぜひ巻末の索引を使ってください。
どのような方に、どのような仕方でこの本を読んでほしいとお考えですか? また読む際の留意点がありましたら、教えてください。 会話分析の方々だけでなく、言語学分野、日本語教育学分野、障害者支援、工学分野の方々にも読んでいただき、何かしらの気づきが生まれればと思っています。発話冒頭要素に関して何か気になったことがあれば、さっと索引を使って調べる、という辞書的な使い方ができるのではと考えてあちこち工夫してあります。

本書で扱われていること ── キーワード集

発話冒頭要素、語順、文法と相互行為、時間の進行、発話の組み立て