エスノメソドロジーの国内における広がり(海老田 大五朗)

 前節で確認したとおり、エスノメソドロジーはアメリカ社会学発祥です。本節ではまず、エスノメソドロジーがどのようにして、どのようなものとして国内へ輸入されてきたのかを確認し、そこからエスノメソドロジー研究の国内の広がりについて概観していきたいと思います。

 1969年『社会学評論』に、ハリー・K ・ニシオと竹中和郎による共著で、「アメリカ社会学における現代的課題」というタイトルの論文が発表されます。この論文のサブタイトルが「民俗学的社会学方法と一般社会学方法との交錯」なのですが、「民俗学的社会学方法」に「エスノメソドロジー」というルビが振られています。ここでは、民俗学的社会学方法をシュッツによって基礎づけられたものとみなし、「参与観察」と対置することで、その異同を見出そうと試みられています。しかしながら、ここから議論が深化するわけではなく、本格的な議論は1970年代後半、山口節郎と加藤春恵子が、エスノメソドロジーの理論的な紹介をしたあたりから始まります。これらの紹介をまとめると、次のようになるでしょう。エスノメソドロジーは、いわゆるパーソンズ流社会学への疑問から立ち上がった、ジョージ・ハーバート・ミードの流れを汲むハーバート・ブルーマーらのシンボリック・インタラクショニズム、ゴフマン社会学、シュッツの流れを汲むピーター.L.バーガーやトーマス・ルックマンらの現象学的社会学などと並ぶ、アメリカ社会学の一潮流である、と。言い換えれば、パーソンズ社会学に対抗する「意味学派(=行為者の主体的な意味付与に照準する学派)」の1つとなるでしょうか。こうしたエスノメソドロジーの捉え方は、この後国内において、現象学的社会学との関連で議論され続けました。

 1980年代後半には、主タイトルに「エスノメソドロジー」が入る翻訳論文集『エスノメソドロジー―社会学的思考の解体』(山田富秋・好井裕明・山崎敬一訳.1987.せりか書房)が編まれます。同じ年に翻訳書『エスノメソドロジーとは何か』(ライター著 高山真知子訳. 新曜社)、その2年後には『日常性の解剖学―知と会話』(北澤裕・西阪仰訳.1989.マルジュ社)という翻訳論文集が出版されます。編著が刊行されることの前提には、エスノメソドロジーをただ他人行儀で紹介するだけではなく、エスノメソドロジー自体に立脚した研究者が国内に出てきたことがあります。

 エスノメソドロジーが海外から輸入されてからおおよそ1990年代前半くらいまで、国内のエスノメソドロジー研究の議論の中心は、「エスノメソドロジーとは何か?」ということでした。エスノメソドロジーは、1970年半ばより様々な社会学者から、数多くの攻撃的な批判を受けます。こうした国外での文脈もあり、国内におけるエスノメソドロジー研究としてとりかかった課題は、これらの批判の検討をするかたちで「エスノメソドロジーとは何か?」を議論し、「パーソンズ社会学に対抗する「意味学派」の1つ」という社会学史的位置づけでよいのかなど、様々な文献を参照してその研究プログラムを確認することでした。こうした確認は何度も立ち返りなされることとなり、現在においても絶えず繰り返される議論になります。

 1990年代になると、『語る身体・見る身体』(山崎敬一・西阪仰編著.1997年.ハーベスト社)のような録音録画データを扱う論文集や翻訳書も数多く国内で出版されるようになり、2000年代になると、『実践エスノメソドロジー入門』(山崎敬一編.2004年.有斐閣)、『ワードマップ エスノメソドロジー』(前田泰樹・水川喜文・岡田光弘編.2007.新曜社)、『エスノメソドロジーを学ぶ人のために』(串田秀也・好井裕明編.2010.世界思想社)、フランシス&へスターによる入門書の翻訳『エスノメソドロジーへの招待―言語・社会・相互行為』(中河伸俊・岡田光弘・是永論・小宮友根訳.2014.ナカニシヤ出版)といった、エスノメソドロジー初学者向けのテキストも出版されるようになりました。

 さて、現在の日本国内におけるエスノメソドロジー研究の広がりとして、日本国外における傾向と同様に、会話分析が「アメリカ社会学の新しい一潮流」といった枠を飛び越え、言語学や認知科学といった学問領域横断的な広がりをみせています。そうした会話分析の日本国内における広がりは第七節を参照ください。

 では、特に会話分析に限定されないエスノメソドロジー的な研究の、日本国内における顕著な広がりとしてどのような展開が見られるでしょうか。特に顕著な広がりとしては、差別問題をトピックとするような社会問題の解決にコミットした展開(たとえば山田富秋・好井裕明編著.1991年.『差別と排除のエスノメソドロジー』新曜社.など)がありました。他方で、心的現象を対象とした論理文法分析(西阪仰. 2001 年『心と行為―エスノメソドロジーの視点』岩波書店, 前田泰樹.2008年.『心の文法』新曜社.など)、ルーシー・サッチマンの研究の流れをくむような学習の状況論と親和的なエスノグラフィ的展開(川床靖子.2007年.『学習のエスノグラフィー』春風社.など)、教育分野における実践的な展開(たとえば秋葉昌樹.2004.『教育の臨床エスノメソドロジー研究』東洋館出版社.など)、CSCW(Computer Supported Cooperative Work:コンピュータに支援された協同作業)のような情報学的研究と親和的な展開(山崎敬一編.2006.『モバイルコミュニケーション』大修館書店など)など、その広がりは多岐に渡っています。

 こうした多岐に渡る国内のエスノメソドロジー研究の中心的な役割を果たしてきたのが、この「エスノメソドロジー・会話分析研究会」であるといえるでしょう。本会は1993年に発起人である山崎敬一らの主導のもと、設立されました。2017年現在、会員数は220名を超え、春の研究例会と秋の研究大会を中心に、セミナーの開催や研究会助成などの活動をしています。研究例会や研究大会では、EMCAの方法論にかんする研究、EMCAの学説史にかんする研究、ワークプレースにおけるプラクティスの経験的研究、相互行為の組織にかんする経験的研究、会話分析の経験的研究、成員カテゴリー化装置の使用にかんする経験的研究、EMCAにかんする批判的検討について、議論がなされています。(海老田 大五朗)

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