西阪 仰、2008、分散する身体──エスノメソドロジー的相互行為分析の展開

目次と書誌

ヴィトゲンシュタイン派エスノメソドロジーを出発点におき、会話分析の構えに拠りながら、相互行為における行為の組織を検討しました。「ことば」と「からだ」と「もの」が、互いの構造に依存しながら、互いの構造を鍛えあう様子に焦点を当て、人間の行為がどのような仕掛けにより生み出されるかを、原理的に考えました。扱っている素材は、楽器の練習、助産院や産婦人科医院における健診・診察、日常会話です。

はじめに
断片に用いられている記号
序章 相互行為分析のプログラム 「暗黙知」という考えの危うさについて
  • 補論1 デュルケームとマルクスについて
  • 補論2 先行連鎖について
第1章 何の学習か 環境の構造・言葉・身振り
補論 行為連鎖の優先組織について
第2章 分散する身体 I 道具と連接する身体
補論 メルロ=ポンティとマルクス、あるいは相互行為空間という比喩について
第3章 分散する身体 II モデル身体、または身体に連接される身振り
補論 身体の不可能な条件、または「他者」の声について
第4章 分散する身体 III 想像の空間
補論 物語を語ること
終章 相互行為的オブジェクト 物・表象・身体
  • 本文のなかで言及した文献一覧

本書から

著者に聞く ── 一問一答

本書を書こうと思った動機やきっかけがあれば教えてください。 本書は、私にとって最初の単著で、今まで書いてきたものをまとめたもので す。1995年に、『哲学の探求』という雑誌に、「言語ゲームにおける『理解』 と『知識』」という、私にとって最初の小論を書き、「なぜ記述が可能なのか」という懐疑論と手を切ったときに、これから考えていくことをいずれまとめなければいけないんだろうなと、漠然と考えていました。それ以降は、何かあるたびに、早くまとめなければと、あらためて思いなおしていました。すぐれた研究にであったことも、調査をすすめていくなかで多くの人に出会ったことも、そのように思いなおすきっかけでした。そして、近しい人たちが病いをえていくのをみるにつれて、早くまとめなければ、という思いは、強まっていったように思います。あとは、私がもたついているあいだに、時代の方が変わって、博士論文を書くということが、かつてのように夢のようなことではなくなったことも大きかったと思います。
構想・執筆期間はどれくらいですか?

学部の専門課程に進学して、L. ウィトゲンシュタインを読みながら、人が 人の行為を記述する、ということの重みについて考えはじめてから、とするなら、構想16年くらいになります。

学部時代からお世話になっている先生の教えの中で、唯一私が守ることができたのが、「10年同じことを続ける」というものでした。ですので、大学院に進学したころには、10年くらいかけて一つの仕事をするのだと、なんとなく想定していましたが、実際にはもっとかかりました。

基本的なプランを大きく変更したりとか、作業量が格段にふえたりといったことは、特別になかったのですが、単純に、いっぱいいっぱいでした。

これまで出された著書(あるいは論文)との関係を教えてください。

今まで書いてきたものをまとめたものですが、あらためて概念の結びつきを たどりなおすように努めたので、だいぶん印象が変わっているかもしれません。

また、「あとがき」にも少し書きましたが、いたずらに難解になりがちな 私の文章が、今までより少しでも読みやすくなっているとしたら、それは、編集担当の高橋直樹さんのおかげによるところが大きいです。

執筆中のエピソード(執筆に苦労した箇所・楽しかった出来事・思いがけない経験など、どんなことでも可)があれば教えてください。

執筆に苦労した箇所は、ほとんど全部です。「あとがき」にも少し書きまし たが、本書の執筆期間は、私の家族にとっては、自らや自らの近しい人が病いと折り合いをつけていく時間でありました。

そのため、本書における医療実践 の記述をとおして、その実践に参加する方々から教わってきたことと、自らが 病む人の家族として経験したこととが、結びついて感じられることが、しばしばありました。

とくに、本書の完成が近づくにつれて、様々なことがらが一つにつながっていくような感覚を持ったことを、覚えています。

執筆中のBGMや、気分転換の方法は? なかなかはじめられないときのための一枚として、Matching Mole というアーティストの ファースト・アルバム を、ひたすらリピートして聞いていました (次点は、Soft Machine の サード です)。
執筆において特に影響を受けていると思う研究者(あるいは著作)は?

「影響を受けている」というとおこがましい気もしますが、大学院に進学した時点で、浦野茂さんと中村和生さんにお会いすることができたことは、とて も幸福な出来事であったように思います。お二人のおかげで、M. リンチの翻 訳作業に参加させていただいたり、来日した C. グッドウィンの講演を拝見することができたりというふうに、エスノメソドロジーの勉強をはじめることが できました。これらの方々の著作は、本書においても、多く参照させていただいております。また、お二人とは、本書の次に出版される書物を共編させていただいております。

なお、文献表にあがっていませんが、「執筆」という作業そのものについて 考えさせられた、といういみでは、保苅実さんの『ラディカル・オーラル・ヒストリー』(御茶の水書房)を、あげさせていただきたいと思います。

社会学的(EMCA的でも可)にみて、本書の「売り」はなんだと思いますか?

社会学においても、動機、感情、記憶といった概念が、様々な仕方で用いら れています。そして、それらの概念は、広いいみでの医療の実践においても用 いらています。その両者の用法を、互いに結びついたものとして、同じ水準で記述するように試みたことが、特徴的だと考えています。

本書における実践の 記述は、性急に問題を個人化してしまわないためのインストラクションとして 読むことができますが、その含意は、社会学の理論や方法論に対しても及ぶも のだと思います。

言語学者に特に読んで欲しい箇所はありますか? その理由は? 第三部です。
認知科学者に特に読んで欲しい箇所はありますか? その理由は? すべての章です。
実践家に特に読んで欲しい箇所はありますか? その理由は? 2章、4章、5章、7章、8章です。
EMCAの初学者は、どこから読むのが分かりやすいと思いますか?また、読むときに参考になる本や、読む際の留意点があれば、教えてください。

関心を持っていただいた章から、お読みいただければ、と思います。 例えば、1章がわかりにくいと感じられたら、いったんとばして、先に進んでくだ さい。どこから始めたとしても、概念と概念のつながりを一つひとつ意識しながら、そのつながりをいったりきたりとたどるように、お読みいただければ、 と思います。また、読むときに参考になる本としては、『ワードマップ エスノメソドロジー』(勁草書房)があります。

本書の第一部「心の理解 可能性」の内容の核になる部分は、『ワードマップ』第2章の「行為を理解す るとはどのようなことか」にまとめられています。第二部「感情と経験」の核 は、『ワードマップ』9-5「感情」に、第三部「記憶と想起」の核は、『ワー ドマップ』9-6「記憶と想起」に、それぞれまとめられています。目を通して いただければ、本書を読むさいの手がかりになると思います。逆に、『ワード マップ』を読んでEMCAに関心をもっていただいた読者にも、本書を読んでいただければ、幸いです。

次に書きたいと思っていることはありますか?

『出版ニュース』という雑誌にも、「医療実践の概念分析」というタイトルで、少し書かせていただいたのですが、本書からもう一歩、医療や看護の実践 から発せられてきた問いの方へと踏み出してみたい、と思っています。

そのためには、それぞれのフィールドに固有の知識を理解できるようにならなければ なりませんが、そうした知識のなかには、急性期の病棟で行われている申し送りの具体的な手順についてのものもあれば、遺伝学的知識のようにあらたに利 用可能になっていくものもあります。それらの知識が、医療者や病者の日々の 実践においてどのように用いられ、また、日々の実践をどのように変えていく のか、考えてみたいと思います。その最初の一歩として、次に出る共編著で は、遺伝学的知識と折り合いをつけていく人々の方法論について考察した論考 を書いています。

書評情報

書評
上野 直樹『月刊言語』2009年3月号「書評空間」大修館
細馬 宏通, 2009, 「書評 西阪 仰 著『分散する身体』」, 社会言語科学, 11(2), 99-101.
樫田 美雄, 2010, 「書評 西阪 仰 著『分散する身体』」, 社会学評論, 61(2), 220-221.