鶴田幸恵、2009、性同一性障害のエスノグラフィ──性現象の社会学

書誌と目次

  • 2009年10月 刊行
  • 定価 2835円(税込)
  • A5 265頁
  • ISBN: 978-4-86339-015-7
  • ハーベスト社|

私の研究の目的は、人が「女あるいは男であること」と、「女らしく、あるいは男らしくあろうとすること」がどのように関係しているのかを明らかにすることであり、本書は、その目的を果たすための一歩であった。そこで本書では、第一に、性別判断──それは他者を女か男であると見ることだ──とは、どのような実践であるのかを明らかにしながら、その実践の複雑さに起因する、性同一性障害の人びとが女らしさや男らしさに駆り立てられ続けてしまう仕組みを記述した。第二に、正当な性同一性障害──それは正当な女/男であろうとすることだ──であるために、きわめて道徳的な基準を設定し、それを満たすべく、よりいっそう女/男らしさに彩られた女/男であることに向かって駆り立てられてしまうありようを記述した。したがって、本書は、性同一性障害のエスノグラフィでありながら、同時に、Goffman の議論や、エスノメソドロジーと呼ばれる研究分野に代表される相互行為の研究群の手法を参照した、性現象の社会学でもある。p.202(終章より)

目次

序章 目的・フィールドの概要・議論の前提

  • 1 はじめに
  • 2 記述するデータの概要
  • 2.1 本性が扱うフィールドの範囲
  • 2.2 フィールドワークの経験
  • 2.3 性同一性障害である人びとの経験から性現象を記述する
  • 2.4 調査概要
  • 3 本書の概要
第一部 「外見」以上のものを見る──「女/男であること」を見る
1章 性別判断における外見を「見る」仕方

  • 1.1 はじめに
  • 1.2 既存の研究における性別判断の説明型式
  • 1.2.1 Goffmanに依拠した性別判断の説明型式
  • 1.2.2 「女/男であること」の絶え間ない達成に対する判断の説明型式
  • 1.2.3 消極的な「手がかり」の特定という説明型式への転換
  • 1.3 既存の説明型式の問題点
  • 1.4 いかなる仕方で性別は見られているのか
  • 1.4.1 規範としての直感
  • 1.4.2 「見る」仕方の多様性
  • 1.5 おわりに
2章 峻別されるべき二つの「見る」仕方──カテゴリーの「一瞥による判断」と「手がかりによる判断」

  • 2.1 はじめに
  • 2.2 所与とされる「ふつうの外見」
  • 2.2.1 Goffmanのパッシングの論理
  • 2.2.2 Garfinkelのパッシングの論理
  • 2.3 他者をあるカテゴリーに属すると判断する方法とパッシング
  • 2.4 パッシングの経験に関するデータから析出される論理
  • 2.4.1 始まりは“違和感”
  • 2.4.2 女の活動だとされることをすることに対する“罪悪感”とその克服
  • 2.4.3 “中途半端”な外見の回避
  • 2.4.4 一貫した判断がなされることの追求
  • 2.5 パッシング実践に関する既存の説明の不適切性
  • 2.5.1 性同一性障害の当事者は何をしていたのか
  • 2.5.2 既存の説明は、いかにして不適切なものになってしまったのか
  • 2.6 おわりに
3章 二つの「見る」仕方の混同がまねく終わりなき「女らしさ」の追求

  • 3.1 はじめに
  • 3.2 「ふつうの外見」であることと「変な外見」であること
  • 3.2.1 「ふつう」と「変」いかに峻別されるのか
  • 3.2.2 「端的な女の外見」をしていないことに対する負のサンクション
  • 3.3 他者のまなざしに促される“パス”の追求
  • 3.4 「ふつう」でない/「変」だというまなざしの作用
  • 3.4.1 “女装”だとまなざされることの回避
  • 3.4.2 “中途半端”な外見に対する性別を推し量るまなざしの回避
  • 3.5 おわることのない“パス”という実践
  • 3.6 「十分/不十分」から「完全/不完全」へ
  • 3.7 おわりに
4章 性別カテゴリーの特異性が現れる「視界の秩序」

  • 4.1 はじめに
  • 4.2 「性別を見る」という実践の既存の説明形式の再確認
  • 4.3 「他者の性別を聞いてはならない」という規範
  • 4.4 「視界の秩序」における性別カテゴリー
  • 4.5 「外見」以上のものを見る実践
  • 4.6 おわりに
第二部 成員資格としての「らしさ」──「正当」であるための基準
5章 「心の性」を見る実践

  • 5.1 はじめに
  • 5.2 性別カテゴリーの可視性をめぐる医学の論理
  • 5.3 「選別」はいかなる“基準”によってなされているのか
  • 5.4 外見や振る舞いを「心の性」の「手がかり」として見ることの困難
  • 5.5 おわりに
6章 「正当な当事者」とは誰か──性同一性障害であるための基準

  • 6.1 はじめに
  • 6.2 性同一性障害カテゴリーの執行のされ方の変遷
  • 6.2.1 カテゴリーの自己執行/他者執行
  • 6.2.2 性同一性障害カテゴリーの自己施行/他者執行
  • 6.3 正当なTS/TGとは誰か
  • 6.3.1 カテゴリー使用から基準を見る
  • 6.3.2 重症度──医療への依存度
  • 6.3.3 犠牲の程度
  • 6.3.4 女/男らしくあることへの努力
  • 6.3.5 社会性のある人=女/男らしさの一貫した呈示
  • 6.4 おわりに
7章 女装者との差異を見いだす──MtFTS/TG であるための基準

  • 7.1 はじめに
  • 7.2 MtFTS/TG カテゴリーの登場
  • 7.3 スティグマとしての「女装者」
  • 7.4 「女装者」と差異化する基準
  • 7.4.1 “身体違和”
  • 7.4.2 日常性・恒常性への志向性
  • 7.4.3 男と女の行き来ができなくなる
8章 「金八」放送以降の知識の広まりは何をもたらしたか──“なんちゃって”ではない FtM であるための基準

  • 8.1 はじめに──“猫も杓子もFtM”
  • 8.2 “なんちゃって”の登場
  • 8.2.1 “モラトリアム”期間の産出
  • 8.2.2 困った存在の意味
  • 8.3 男らしさ
  • 8.3.1 「男」としての一貫性
  • 8.3.2 「自然」な「男らしさ」
  • 8.4 ヘテロセクシュアリティ──「レズビアンのタチ」と差異化
  • 8.4.1 男性ホルモン注射を打つ“真剣”さ
  • 8.4.2 レズビアンとの恋愛の拒否
  • 8.5 おわりに
終章 ここまでのまとめとこれから・謝辞

  • 1 はじめに
  • 2 性別判断と女/男らしさ
  • 3 当事者同士の轍軋轢と性別規範
  • 4 応用可能性
  • 5 今後の展開
  • 6 性同一性障害という医療概念の功罪
  • 7 謝辞
付記 フィールドの動向とインタビュー調査対象者の全体像

  • 1 はじめに
  • 2 性同一性障害コミュニティの歴史
  • 3 コミュニティの動き
  • 3.1 1995-1999年──性同一性障害概念の登場から最初のSRS執刀まで
  • 3.2 2000-2003年──戸籍の性別変更の提起から「特例法」の執行まで
  • 3.3 2004-2007年──「特例法」施行移行
  • 3.4 2007年から──本書のための調査以降
  • 4 インタビュー調査対象者の傾向
  • 引用文献
  • 初出一覧
  • 索引
  • 本書で使用される略称

本書から

私の研究の目的は、人が「女あるいは男であること」と、「女らしく、あるいは男らしくあろうとすること」がどのように関係しているのかを明らかにすることであり、本書は、その目的を果たすための一歩であった。そこで本書では、第一に、性別判断──それは他者を女か男であると見ることだ──とは、どのような実践であるのかを明らかにしながら、その実践の複雑さに起因する、性同一性障害の人びとが女らしさや男らしさに駆り立てられ続けてしまう仕組みを記述した。第二に、正当な性同一性障害──それは正当な女/男であろうとすることだ──であるために、きわめて道徳的な基準を設定し、それを満たすべく、よりいっそう女/男らしさに彩られた女/男であることに向かって駆り立てられてしまうありようを記述した。したがって、本書は、性同一性障害のエスノグラフィでありながら、同時に、Goffman の議論や、エスノメソドロジーと呼ばれる研究分野に代表される相互行為の研究群の手法を参照した、性現象の社会学でもある。p.202(終章より)

著者に聞く ── 一問一答

本書をまとめようと思った動機やきっかけを教えてください 1997年に性同一性障害のコミュニティでフィールドワークをはじめ、2000年に社会学の修士課程に進学し自分の研究テーマにしてから、ずっと本にまとめてみたいと思っていました。私は人類学に進むか社会学に進むか迷った結果、社会学を選んだのですが、研究手法はフィールドワークと決めていましたので、自分もいつかエスノグラフィを書くのだと思っていました。しかし、社会学を選んだのが社会学理論に惹かれたからだったため、相互行為に焦点化した分析をすることになりました。それには、今のところ納得をしています。結局、修士論文を出版する話は流れてしまったのですが、博士論文を書く前に、書いたら本にしないかというお話をいただきました。
構想・執筆・編集期間はどれくらいですか? この本は、序章と終章、付録以外は、博士課程に進んでから雑誌や書籍に載せていただいた論文で構成された博士論文を、大幅に再構成したものです。博士論文にしてからすぐ原稿を納入するつもりが、再構成がなかなかできず、第1部の結論である4章を投稿して吟味し、さらに分析を付け加えたりして、結局原稿納入までに2年半もかかってしまいました。集中して再構成に取り組んだのは、納入前の半年間です。毎日5時に起きて一日も休まずに取り組み続けた覚えがあります。結果、納入してから体調を崩し、そういう取り組み方をよくないと反省しました。
本書以前に執筆された著書(あるいは論文)との関係を教えてください。 共著も論文も、トランスジェンダー/性同一性障害にかかわるものは、ほとんどが本書に収まっています。『わかりやすいコミュニケーション学』(三和書籍)という教科書に「相互行為とコミュニケーション──ゴフマンとエスノメソドロジーの視点」という章を書いたことが、具体的に分析手法を吟味するきっかけになったように思います。他に、『モバイル・コミュニケーション』 に載せていただいた論文など、実際に会話分析をしてみたことも、肥やしになったかと思います。ただし、本書の分析は会話分析にはなっていません。
編集作業中のエピソード(苦労した点・楽しかったこと・思いがけないことなど)があれば教えてください 杉浦郁子さんと小宮友根さんに評者をお願いし、書き直しのための検討会をしていただき、三橋順子さんにアドバイスもいただけたことが、博士論文を大きく再構成するきっかけになりました。また、本書にも書きましたが、関西地方に勤務することになり、関西地方のコミュニティを回るうちに、自分の書いたものがいかに東京中心のコミュニティ固有の現象に影響されているのかを自覚することができました。「ヘタクソ」だと誰もが言う文章を、一生懸命なんとか読みやすいものにしたいと奮闘したつもりだったのですが、ウェブに載せていただくために出版してから2年後初めて開いたら、ひどい文章で恥ずかしい限りです。
執筆中のBGMや、気分転換の方法は? 音楽は流しても集中すると何も聞こえなくなるたちなので、聞きません。執筆は、気持ちをしゃきっとさせるために、喫茶店などで書いていたのですが、気分が乗らなくなると、別の喫茶店に移動したりしていました。店員さんとおしゃべりするのもよい気分転換になりました。家の近所の一軒には、勉強禁止の紙を店中に貼られ、もう一軒は、パソコン持ち込み禁止になってしまいましたが。定位置を作ってくれたり、水のピッチャーを私だけに出してくれるようなフレンドリーな喫茶店の方々には、今でも励まされています。
執筆において特に影響を受けていると思う研究者(あるいは著作)は? 博士課程に入ってから、皆川満寿美さんの「自主ゼミ」に参加してエスノメソドロジーの文献をみんなで読んだのが、きちんとエスノメソドロジーを理解しようとするきっかけになったように思います(これを書きながら、そのことが謝辞に書かれていなかったことに気がつきました。皆川さんごめんなさい。)さらに、一橋大学で五十嵐素子さんが企画された前田泰樹さんのゼミに参加させていただき、エスノメソドロジーの論文をみんなで読んだことも、非常に肥やしになりました。私の初心者まるだしな質問に、皆川さんも前田さんも一生懸命答えてくださいました。
社会学的・EMCA的にみて,本書の一番の「売り」はなんだと思いますか? 社会学的には、単に「なかなか聞けないライフストリーを聞き取る」以上の、経験的な研究ができていること、と私は思っています。EMCA的には、会話分析と批判的談話分析の性別カテゴリーがオムニレリバンスかどうかの論争に、新しい答えを出したことだと出版当初は思っていました。今は、ちょっと考え直し中ですが。どちらにしろジェンダー研究的には、経験的にその結論に至ったというところが「売り」だと思っています。
ジェンダー研究者に特に読んで欲しい箇所はありますか?その理由は? 第1部です。人が性別を持つということ自体を、人が「女か男に見える」ということが「どういうことなのか」から分析し、性別というカテゴリーの持つ特徴を明らかにできたと考えているからです。
セクシュアリティ/クイア研究者に特に読んで欲しい箇所はありますか?その理由は? 第2部です。性同一性障害以外のセクシュアリティの持ち主との差異化のなされ方が、カテゴリー化の基準として析出されているからです。付録にあるように、2000年代前半という歴史、関東という地方に限定的な現象であるかどうか、要検討です。
質的研究者に特に読んで欲しい箇所はありますか?その理由は? 全部です。単に珍しい聞き取りを披露するだけでなく、自省するのでもない、また別の記述の方法によって、ライフヒストリーを聞き取ったものをデータとしていたも、これまでの類書とは異なる分析を行っていると思っているからです。
EMCAの初学者は、どこから読むのが分かりやすいと思いますか?また、読むときに参考になる本や、読む際の留意点があれば、教えてください。 第1部は ひとまとまりですが、『ワードマップ エスノメソドロジー』の第5章、規範とカテゴリー化の話を読むと、記述の仕方の意図がわかるかと思います(と、思っているのは私だけかもしれませんが)。学部時代に読んだ、ガーフィンケルの「アグネス論文」に影響を受けて研究を始めたので、面白いし読んでみるのがいいかもしれません。第2部は、どこから読んでもさしつかえがないと思っています。 私も初学者ですので、分析の仕方は、模索中です。
次に書きたいと思っていることはありますか? 書いてすぐから、次にまとめるのは、「性同一性障害」という性を越境する行為の「医療化」についてだと思い、業績を積み上げ始めています。と思っていた先日、世界的には「脱医療化」に路線が決まったので、日本に影響か出るまでには、また出版をしたいと思っています。科研の研究計画では、2011年度末に出版社に原稿を納入することになっていたのですが、また新たに応募した研究計画では、2014年に延びています(笑)。当事者へのインタビューに加え、医療者へのインタビューと、カウンセリングの録音/録画の分析をすることで、インタビューでも録画データでも、よりインタラクティブな分析をしようと奮闘中です。

書評情報

杉浦郁子
「書評 鶴田幸恵著『性同一性障害のエスノグラフィ–性現象の社会学』」、『社会学評論』61(3),2010,pp.257-259
長塚智子
「『ふつうの外見』や『正当性の獲符』をめぐる実践がもたらすもの」 ─ 書評 鶴田幸恵著『性同一性障害のエスノグラフィ–性現象の社会学』」、『論叢クィア』第3号,2010,pp.174-183
伊藤智樹
「医療化とカテゴリー、アイデンティティ」、書評空間 KINOKUNIYA BOOKLOG(2010年07月30日

本書で扱われていること ── キーワード集

一瞥の世界、医学、医療、医療化、医療概念、医療者、医者、違和感/身体違和、FTX、オナベ、ガイドライン、概念、会話分析、カウンセリング、カテゴリー化、カテゴリー集合、カテゴリーに結びついた活動、カテゴリーの自己執行/他者執行、カミングアウト、規範、ゲイ、心の性、在職トランス、ジェンダー、ジェンダーアトリビューション、ジェンダーアイデンティティ/性自認、視界の秩序、自己執行カテゴリー、自己カテゴリー化、自己呈示、自分史、焦点の定まった相互行為、焦点の定まらない相互行為、図地関係、スティグマ、成員カテゴリー化装置、精神科医、精神療法、性的指向/セクシュアルオリエンテーション、性別カテゴリー、性別規範、性別秩序、性別判断/性別を見る、性別カテゴリー化、セクシュアリティ、相互行為、相互行為秩序、男装、他者執行カテゴリー、ディスプレイ、適用規則、同性愛、特例法、トランスジェンダー、ニューハーフ、パス、パッシング、人びとの方法論批判的談話分析、ふつうの外見(normal appearance)、見る人の格率、ライフストリー/ライフヒストリー、理解と解釈、例外、レズビアン、論理、論理文法、