酒井泰斗・浦野 茂・前田泰樹・中村和生 編、2009、概念分析の社会学──社会的経験と人間の科学

書誌と目次

概専門的知識と社会的経験。概念を介した両者の相互作用のなかに、実践の論理を探る。エスノメソドロジー研究の新展開。

執筆者(編者以外)
安藤太郎、喜多加実代、小宮友根、上谷香陽、石井幸夫
第1章 類型から集団へ─人種をめぐる社会と科学─浦野 茂
  1. 問題としての人種の概念
  2. ある論争から
  3. 『人種に関する声明』
  4. 集団
  5. 人種概念の二重性
  6. 人種はどのような意味で生物学的実在か
  7. 人種をめぐる社会と科学
第2章 遺伝学的知識と病いの語り─メンバーシップ・カテゴリー化の実践─前田泰樹
  1. はじめに
  2. 遺伝学的知識とリスク
  3. 「ごくまれな」と「私たちすべてにとって」
  4. 「私たちすべてにとって」
  5. 「ごくまれな単一遺伝性疾患」
  6. 結びにかえて
第3章 医療者の〈専門性〉と患者の〈経験〉 安藤太郎
  1. はじめに
  2. 反精神医学運動とその限界
  3. ナラティブ・セラピーと「逆立ちした専門性」
  4. ナラティブ・ベイスド・メディスンと「シャトル外交」
  5. 検討の対象
  6. 〈経験〉の語り
  7. 医療の管轄領域の線引き
  8. むすびに
第4章 触法精神障害者の「責任」と「裁判を受ける権利」─裁判と処罰を望むのはだれなのか─喜多加実代
  1. 精神障害と犯罪をめぐる争点
  2. 責任追及や裁判の要求とループ効果
  3. 責任追及と裁判の要求と観察法 ─どのような「変更」の主張なのか─
  4. 「当事者」の分類 ─「人々の分類」の文脈依存性─
  5. 触法精神障害者による責任追及と裁判をめぐる議論
  6. 1980年前後の責任追及と裁判をめぐる議論
  7. 結びにかえて
第5章 「被害」の経験と「自由」の概念のレリヴァンス 小宮友根
  1. はじめに
  2. 反ポルノグラフィ公民権条例
  3. 「行為」か「表現」か
  4. ポルノグラフィと「女性の被害」
  5. おわりに
第6章 化粧と性別 ─〈素肌〉を見るやり方─上谷香陽
  1. 化粧とは何か
  2. 化粧と社会
  3. 現代化粧の諸相
  4. 「素肌」を発見する
  5. 化粧することにおける/としての「素肌」
  6. 「素肌」をもつ人
第7章 優生学の作動形式─永井潜の言説について─石井幸夫
  1. はじめに
  2. 花園の園丁
  3. 神への道
  4. 科学を遂行する
  5. おわりに
第8章 科学社会学における「社会」概念の変遷 中村和生
  1. はじめに
  2. 〈制度としての科学〉と〈科学の内容の社会性〉
  3. サイエンス・ウォーズ
  4. テクノサイエンス研究 ─社会決定論の解体と「計算の中心」─
  5. STS の政治論的展開を支える一つの軸 ─「科学 vs. 社会」─
  6. 結びに代えて

本書から:

本書には,さまざまなトピックが登場します。生物学的人種や遺伝学的知識から始まって,ポルノグラフィや化粧にいたるまでの多様なトピックには,一見すると相互に関係がありそうにはみえないかもしれません。けれども本書の各章の記述には,一つのはっきりしたねらいがあります。それは,私たちが自らのあり方や自らの経験や行為を理解するさいに用いている概念の,その用法を記述しよう,というものです。(「ナビゲーション〈1〉」より)

本書の課題は、科学や医療、法などの専門的な知識のただなかにある私たちの存在と経験、行為についてさまざまなトピックを切り口に記述していくというものです。… このような課題は、具体的な実践にもとづきながら、すなわち常識的概念とともに専門的概念が用いられていくそのしかたを記述していくことを通じて、成し遂げられるはずです。… 具体的な実践とともにあること、このことこそが今日の私たちの存在と経験、行為の条件についてのただの断言を超えた真摯な検討へと通じていくことになるはずだろう ── 本書はこのように考えています。(本書「はじめに」より)

編者に聞く ── 一問一答

本書をまとめようと思った動機やきっかけを教えてください 現代社会の経験は、科学や医療、法などの専門的知識を不可欠な契機として成立しています。したがってたとえば、そのような専門的知識とその概念を手にすることによって、私たちは自身の存在や行為について新たな仕方で経験する論理的可能性をも手にしていると言えるでしょう。しかし、専門的知識と私たちの経験との間に成立しているこのような論理的関係について、社会学はいまだ適切な厚みと広さでもって記述しえていないのではないだろうか ――このような問題意識が私たち著者にはありました。したがって著者それぞれが携わっている問題領域における既存の議論を振り返りながら、記述と分析のあらたなスタイルを模索していくという課題に踏み出していったことが、本書の実質的なスタート地点となりました。[浦野]
構想・執筆・編集期間はどれくらいですか? 出版社さんに出版のお誘いをいただいてから 編者を決めてラフな企画をたてるところまでに二年以上。執筆者をリクルーティングして研究会を開始するまでに半年くらい。出版準備研究会を二年ほど。各章の構想検討研究会~執筆に二年ほど。[酒井]
編集作業中のエピソード(苦労した点・楽しかったこと・思いがけないことなど)があれば教えてください

…というわけで、本書は、かなり長い時間を贅沢に使ってつくったものです。一つ一つのステップで「なぜいまそれを?」ということを、繰り返し議論してきました。それらすべてが「楽しかったこと」ですが、それはまた「苦労」でもありました。前提や目標を問う作業はきついもので、ときに、自分たちで設定したハードルがクリアできないものに見えたり、道を見失って「もう出版は無理なのではないか」という状況に陥ったことも何度かありました。最終的に原稿が集まった段階で、最初に予想していたよりも遥かに焦点がはっきり定まった論考が出揃ったことは──こんなことを書いてはマズいかもしれませんが──ある意味で「思いがけない」ことでした。[酒井]

著者たちはみな、それぞれの問題領域に携わりながらそこでの既存の研究と議論のあり方にいろいろと疑問を感じてきました。とはいえ、このような疑問はそれぞれの領域ごとに入り組んでいてそう易々と理解が得られるものではなく、時には別の領域、別の問題などと線引きをしてしまいたくもなります(少なくとも僕にとっては)。ですが、研究会においてこのような疑問を口にしあい、それについてずぶの素人として耳を傾け学んでいくことができたことは、とても幸せなことでした。何よりそれを通じてそれぞれの課題の接点を体感できた点が大きかったです。[浦野]

社会学的にみて,本書の一番の「売り」はなんだと思いますか?

本書は、多様な社会現象を、「行為・活動・経験 etc.」 -と- 「概念・知識 etc.」との間の構成的関係に即して腑分けしていく というやり方で扱ったものです。これは──旧い社会学のジャンル分けを用いていえば──、「社会的行為論~社会システム論」 -と- 「知識社会学~文化社会学」 との分割線を裁ち直すものとなっているはずです。この観点から、

  • 扱われている現象の多様性
  • 現象へのアクセススタイルの柔軟性
  • アクセス方法の一貫性

について、評価していただけるのではないかと考えます。[酒井]

EMCA初学者は,どこから読むのが分かりやすいと思いますか? また,読むときに参考になる本や,読む際の留意点があれば,教えてください

「はじめに」から「ナビ」を挟んで「おわりに」まで、順に読んでいただけるように作ったつもりです。が、まずは読者が関心をお持ちの領域に関係しそうな章いくつかを読んでいただき、三つの「ナビ」を読んだうえで、さらに残りの章を…、という進み方もあるでしょう。

各章には「読書案内」をつけておきました。また「エスノメソドロジー・概念分析」については、入門書『ワードマップ エスノメソドロジー』や マイケル・リンチ『科学と日常的実践』(仮題:翻訳進行中)もお読みいただければと思います。[酒井]

認知科学者に特に読んで欲しい箇所はありますか? その理由は? アクターネットワーク理論(ANT)に関心のある方は、8章を読んで、この理論が科学活動を対象とし、いわゆる実在論(かつ科学知識の社会学)のオルタナティヴとして提案されたことをまず認識して頂きたいと思います。その上で、2章の議論について考えてみれば、とくに様々な領域にANTを応用させていくことに関して、多くの示唆を得ることができます。遺伝学的知識のループ効果という現象の解明によって示された概念の持つ力というものは、「インスクリプションを通して科学技術を普及させ管理すること」ではないし、さらには「戦略」や「交渉」といった用語でも捉えきれるものではないのです。[中村]
社会学者に特に読んで欲しい箇所はありますか? その理由は?

(「箇所」ではなく「観点」についてのお返事となりますが、)トピックからいえば、本書が全体として扱っているのは、しばしば「法化」「医療化」~とか「再帰的近代化」などとも呼ばれることがある現象に重なります。こうした議論に関心のある方には、本書にも関心を持っていただけるでしょう。また4番目の問いへの答えに書いた理由から、社会学方法論の観点からも検討していただけることを期待しています。[酒井]

書評情報

本書で扱われていること ── キーワード集

アクターネットワーク理論、池田小学校事件、一元論的思考、一元論的並行説、遺伝学的アイデンティティ(genetic identity)、遺伝学的検査、遺伝学的シティズンシップ(genetic citizenship)、遺伝/環境、医療化 脱医療化、インスクリプション、エスノメソドロジー、エスノメソドロジスト 懐疑(的)、介入、概念 概念の用法(「概念の使用法」「概念の用い方」なども含む) 概念の論理文法(分析) 概念分析、会話分析、科学(的)/ 社会(的)、確率論的病因論、語り(narrative) 語りの譲り渡し 探求の語り、メンバーシップ・カテゴリー(成員カテゴリー) カテゴリー集合 自己執行カテゴリー、可能性、関連性(レリヴァンス)、機械的、機械論(的)、記述 再記述 自己記述、帰属、機能主義、規範(的)、規範命題、議論空間、ケアの倫理、経験、刑法39条、化粧、言説実践、言説戦略、言説の分散、言説空間、権力、国民優生法、個人 サイエンス・ウォーズ、再記述、産児調節(運動)、自己記述、自己帰属(的人工)類(self-ascription kinds)、自然類(natural kinds)、疾患(disease)/ 病い(illness)、島田事件、市民、社会学、社会構築主義(社会構成主義)、社会的構築(社会構築物)、社会的条件、集団、メンデル集団、繁殖集団、証言、常識的、常染色体優性遺伝、女性 女性の沈黙、女性/個人、素人、進化、人工類(human kinds)、人種 人種分類 人種主義 神話としての人種(「社会的神話」「神話」)、二重の概念としての人種(「人種概念の二重性」) 類型としての人種 / 集団としての人種、親密性のシティズンシップ(intimate citizenship)、素肌、精神鑑定、生物学的 / 社会的、生物学的 / 精神的、生物学化された類(biologized kinds)、生物学的決定論、セクシュアル・ハラスメント、接近不可能な類(inaccessible kinds)、専門家、専門科学者/素人、専門性、専門的、相互作用、相互作用類(interactive kinds) 多発性嚢胞腎(Polycystic kidney disease:PKD)、単一遺伝性疾患、断種(法)、中傷効果、中性一元論、当事者、道徳的、解釈のドキュメンタリー的方法 ナラティブ・セラピー、ナラティブ・ベイスド・メディスン(narrative-based medicine:NBM)、日常的、日常言語学派、日常生活、日本民族衛生学会(日本民族衛生協会)、人間の科学(「人間を対象とする科学」「人間に関わる科学」) 発話行為、ハーディ・ワインベルグの法則、反精神医学、ハンチントン(氏舞踏)病、反ポルノグラフィ条例、人々を作り上げる(人々の制作)、表現/行為、表現の自由、分類、保安処分、北陽病院(事件)、ポルノグラフィ 物語(story) 第二の物語、唯物論的一元論、有意類(relevant kinds)、優生学、ユネスコ 理解可能性、リスク/危険、ループ効果(looping effect)、論理的