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エスノメソドロジー・会話分析研究会:2017年度の活動


2017年度 秋の研究大会



→短信:報告と写真を掲載しました [2017/12/26]

概要

EMCA研究会2017年度秋の研究大会を、2017年10月8日(日)に、関西学院大学梅田キャンパスで開催いたします。午後からの第2部では、Harold Garfinkelの Studies in Ethnomethodology 刊行50周年を記念する特別セッションを設けました。みなさまのご参加をお待ちしております。

(大会担当世話人:森本郁代・戸江哲理)


プログラム

10:10受付開始
10:30~12:00第1部 自由報告
10:30~11:00金青華(お茶の水女子大学大学院)
「応答発話の開始部分に用いられる一人称代名詞の相互行為上の働き」[→概要
11:00~11:30鈴木佳奈(広島国際大学)
「分析ツールとしての『成員カテゴリー化装置(MCD)』を再検討する」[→概要
11:30~12:00岡田光弘(国際基督教大学)
「エスノメソドロジストは『会話分析・相互行為分析』とどのように関わるのか?」[→概要
12:00~13:00ランチタイム
13:00~13:30総会
13:30~17:00 第2部 Studies in Ethnomethodology 刊行50周年記念企画「エスノメソドロジーのこれまでとこれから」
13:30~13:35趣旨説明
13:35~14:05樫村志郎(神戸大学)
Studies in Ethnomethodology に至る道程――1960-67年を中心にして」[→概要
14:05~14:35山崎敬一(埼玉大学)
「私はいかにしてエスノメソドロジストになったのか――社会学的・哲学的来歴」[→概要
14:35~15:05水川喜文(北星学園大学)
「「IIEMCAとエスノメソドロジー・会話分析の展開」(仮)[→概要
15:05~15:35南保輔(成城大学)
「シクレル・インタヴュー・アイデンティティ――『インタヴューのエスノメソドロジー(的研究)』に向けて」[→概要
15:35~15:50休憩
15:50~17:05総合討論
17:05閉会

第1部報告要旨

(1)「応答発話の開始部分に用いられる一人称代名詞の相互行為上の働き」(金青華・お茶の水女子大学大学院)
 一人称代名詞は非明示するのが一般的であるが、すべての一人称代名詞が現れないわけではない。実際の日本語母語話者の自然会話をみても、述語や談話の場面性により一人称代名詞が推測される状況でも明示される場合がしばしばみられる。本稿で取り上げる一人称代名詞は「質問―応答連鎖」の応答発話の開始部分という特定の位置に現れるもので、応答発話が応答者に関して語られているのが明確なため、明示しなくてもいい位置に現れるものである。しかし、あえて明示されるということは、一人称代名詞が主題としての機能だけでなく、会話を展開する上で何らかの機能を担っていることが推測できる。
 こういう点を踏まえて、本稿では発話の中の様々の位置で現れる一人称代名詞の相互行為上の働きを明らかにする一端として、ひとまず、応答発話の開始部分に用いられる一人称代名詞を取り上げ、日本語母語話者の自然会話データに即して分析を進める。
 その結果、応答発話の開始部分に現れる「私」は、「新規話題を導入」という機能よりは、相手が望んでいる答えがただちに産出できなく、自分のことを語らないと応答にはならないという答え方をプロジェクトするのに使われていることがわかった。そして、質問への理解と質問の要請に応えようとしているという協調的スタンスを示していることがわかった。

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(2)「分析ツールとしての『成員カテゴリー化装置(MCD)』を再検討する」(鈴木佳奈・広島国際大学)
 会話分析の諸概念のうち、「話者交替」や「行為連鎖」などは、相互行為データを分析するためのツールとしての有用性がある程度確立している。それは、ある発話や行為についての分析者の解釈が妥当かどうかが、その発話や行為の受け手自身の反応によって裏付けられうるためである。一方、「成員カテゴリー化装置(MCD)」を用いたデータ分析は、そのような裏付けが難しいことが多く、分析が恣意的になる危険性が指摘されている(cf. 串田・平本・林 2017, 257-8)。現段階で、成員カテゴリー化装置は、分析ツールとしてどの程度利用可能なものなのだろうか。
 本発表では、まず、国内外で近年刊行された5冊の会話分析関連の入門書・概説書・研究書(Fitzgerald and Housley 2015; Clift 2016; 高木・細田・森田 2016; 高梨 2016; 串田・平本・林 2017)で、「成員カテゴリー」や「成員カテゴリー化装置」といった概念がどのように紹介されているか、またそれらの概念がどのようにデータ分析に使用されているのかを比較する。さらに、父親が子どもに絵本の読み聞かせを行っているデータ断片を例にして、どうすれば「成員カテゴリー化装置の概念を用いたデータ分析の根拠を、参与者の指向に基づいて」(串田・平本・林 2017, 257)示すことができるかという問題を検討する。特に、参与者のさまざまな「属性」、例えば「質問者と応答者」といった行為連鎖レベルの属性、「読み聞かせをする者と聞く者」、「教える者と教えられる者」、「指示する者と指示される者」などの活動レベルでの属性、「父親」「母親」「子ども」というより一般的な属性、さらには「研究者と研究協力者」という暗黙の属性、を「成員カテゴリー」として重層的に分析に適用しうるか、フロアと議論したい。
引用文献
串田秀也・平本毅・林誠.2017.『会話分析入門』.勁草書房.
高木智世・細田由利・森田笑.2016.『会話分析の基礎』.ひつじ書房.
高梨克也.2016.『基礎から分かる会話コミュニケーションの分析法』.ナカニシヤ出版.
Clift, R. 2016. Conversation Analysis. Cambridge University Press.
Fitzgerald, R., and Housley, W. (Eds.) 2015. Advances in Membership Categorisation Analysis. Sage Publishing

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(3)「エスノメソドロジストは『会話分析・相互行為分析』とどのように関わるのか?」(岡田光弘・国際基督教大学)
 目的と方法 H.Garfinkelを学祖とするエスノメソドロジストが、H.Sacksが切り開きE.Schegloffが開花させた「会話分析」ないしは「相互行為分析」という研究手法とどのように関わってきたのかについて、会話分析(特に、Epistemics)に言及して書かれた論文から学史的、理論的に検討する。
 結論 前回の研究会で、Epistemicsを巡る論争が紹介された。会話分析(CA)内の重要な論争であることが理解できた。しかし、登場人物から考えると、その、いわば「コップの中の嵐」の外側に、Garfinkelに依拠した別の「コップ」の存在が見て取れる。またこの論争では、既存の社会学との距離を「最大化」することをよしとする前提が共有されていたように思われる。
 学史的には、「フォーマル・ストラクチャー」論文を巡って、Garfinkelを継承した、あるいはGarfinkelとSacks(G&S)を継承したEMCAとは、どのような研究なのかという論点がある。ちなみに、M. Lynchは、同論文を両者の共同作業とする。このG&Sを継承するCAと、Sacks(とSchegloff)に由来するCAとを区別している。また、これとは別に、彼は、1968年までのUCLA講義での、一事例を解明するCAとそれ以降のコーパスを経由するCAとを区別する。
 さらに、これと別の「マンチェスター・ランカスター派」によるCAの位置づけは、Garfinkelの業績を換骨奪胎し、CAをEMCAの中に位置づけつつ、EMCAと社会学との距離を「最小化」する路線であるように思われる。

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第2部報告要旨

(1)「Studies in Ethnomethodology に至る道程――1960-67年を中心にして」(樫村志郎・神戸大学)
 本報告では、Studies in Ethnomethodology(Garfinkel 1967)(以下、Studies と略称する。)の出版に至るまでの間にエスノメソドロジーがどのような研究として理解され実践されてきたのかを、素描する。  今日の研究事情における一般的理解では、エスノメソドロジーはStudies において、宣言された研究プログラムである。たしかに、そのプログラムの研究すべき課題と研究方針が、たとえばインデクシカリティ等のような独特の用語やそれを用いた標語に集約された形でそこでは宣言された(とりわけ、Preface, Chapter 1)。この事情から専門的にせよ非専門的にせよエスノメソドロジーはその用語の理解と解釈を中心として再理解・再解釈される傾向がある。しかし、こうした理解は、エスノメソドロジー成立に関係していたいくつかの事情を見逃す傾向をもっている。
 Studies 自体がエスノメソドロジー活動の実践的説明たるアカウントであり、それは、どんな問題へのどのような探求を通じてエスノメソドロジーの課題、対象、方針が把握されつつ達成されたのかにかかわるいくつかの事情を必然的に省略するか背景化している。そこで、そのいくつかの事情をあきらかにすることは、エスノメソドロジーをその産出の道程において理解するということの今日的価値を検証するための方法だといえる(なお、1970年代までのGarfinkelの研究はウェブページ Formative Steps of Ethnomethodology で時系列的に整理してある)。
 Garfinkelと共同研究者が1960年代に従事してきた研究プロジェクトには、
  • (1)1962年にGarfinkelがUCLAで開始したエスノメソドロジーセミナー、
  • (2)1963年にコロラド大学で Garfinkel, Sacks, Bittner, Rose が行った「適切なアカウント」または「社会の理解/産出」に関する研究会、
  • (3)1967年にASAで GarfinkelとSacks が共同報告した「会話の場面について」
が含まれる。
著者は2016年にUCLA研究図書館の調査によってこれらに関する資料を入手した。本報告では、それに基づいて、部分的ではあるが、エスノメソドロジーという研究プログラムがいかにして成立してきたのかに光をあてたい。

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(2)「私はいかにしてエスノメソドロジストになったのか――社会学的・哲学的来歴」(山崎敬一・埼玉大学)
 修士論文で二つの研究を行った。一つは『常識的カテゴリーと科学的カテゴリー』として後に出版した研究で科学論・科学哲学の問題からエスノメソドロジーへの発展を扱ったものである。もう一つは現象学的社会学、特にA. シュッツの反省的意味論の批判的検討である。この研究の中で我々が一緒に会話をしているという反省以前的な経験に着目し、会話分析の研究に着手することになった。
 エスノメソドロジーとの出会いは、学部時代に遡る。大学に入学したときは哲学に関心を持っていたが、やがて哲学的探求よりも日常的に私たちが当たり前に考えていることの重要性に気づき、社会学に関心を持つようになった。しかし日本で当時出版されていた教科書や著作はすべて構造機能主義に基づいており、私の関心に見合うものではなかった。高田馬場にビブロスという書店があり、ペンギン文庫や言語学を中心に洋書を扱っていた。そこでバーガーの Invitation to Sociology を買って読み、社会学の魅力を知った。さらにバーガー・バーガーの Sociology: A Biographical Approach を読み、社会学の勉強をした。翻訳にはついていないが、英語版ではエスノメソドロジーの文献紹介があり、そこでエスノメソドロジーの存在を知った。また、ペンギンの Introducing Sociology (Second Edition)の中のシャロックの The Problem of Order の章を読み、エスノメソドロジーの重要性を認識した。さらにロイ・ターナーのペンギン版の Ethnomethodology を読み、ガーフィンケルやサックスの研究を始めたのである。ガーフィンケルやサックスの研究の重要性については口頭で報告する。

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(3)「IIEMCAとエスノメソドロジー・会話分析の展開(仮)」(水川喜文・北星学園大学)
 To be announced
(4)「シクレル・インタヴュー・アイデンティティ――『インタヴューのエスノメソドロジー(的研究)』に向けて」(南保輔・成城大学)
 マイケル・リンチによって,ハロルド・ガーフィンケルとともに「プロトエスノメソドロジー」の担い手とされたアアロン・シクレルは,UCLAでガーフィンケルのRA(調査助手)として『Studies』のいくつかの実験的調査を遂行した。1970年代以降は「認知社会学」をキイワードとして認知科学の領域で活躍した。本報告前半では,1986年からUCSDでシクレルの指導を受けてPh.D.研究を行った南の経験をもとに,シクレルの教えを整理する。それを踏まえて後半では,インタヴュー法に基づくアイデンティティ研究にEMCAを活用する試みの端緒を紹介する。『インタヴューのエスノメソドロジー(的研究)』をまとめる企図の第一歩としたい。

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お問い合わせ

  • この案内に関する問い合わせ先: 森本郁代
  • 入会手続き等、EMCA研に関する問い合わせ先: エスノメソドロジー・会話分析研究会 事務局 (EMCA研事務局)

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2017年度 春の研究例会



EMCA研究会2017年度春の研究例会のプログラムをお送りいたします。
午前中の自由報告に合わせ、午後は 「成員カテゴリー化装置を再考する」と題した企画セッションがあります。 お誘い合わせの上、奮ってご参加いただければ幸いです。

(大会担当世話人:森本郁代・團 康晃)
(最終更新: 2018年03月13日)

  • 日時: 2018年3月31日(土)10:30-17:30
  • 場所: 関西学院大学大阪梅田キャンパス10階1004教室・1005教室 [地図
  • 大会参加費: 無料(会員・非会員とも)
  • 事前参加申込: 不要

プログラム

10:15 受付開始
10:30-13:05 第1部 自由報告 1004教室 (司会 森本郁代(関西学院大学))
10:30-11:05 串田秀也(大阪教育大学)・川島理恵(関西外国語大学)・阿部哲也(関西医科大学)
「総合診療科診療における受診の正当化―病院・部門への適合性と受診経路の語り―」 [→要旨
11:10-11:45 坂井愛理(東京大学大学院)
「訪問診療・訪問マッサージにおける「嘆き」の理解可能性」 [→要旨
11:50-12:25 梅村弥生(千葉大学大学院)
「予備的アクティビティを導入する「~じゃない(ですか)」」 [→要旨
12:30-13:05 岡田光弘(ICU教育研究所・研究員)
「エスノメソドロジー研究は、「社会学ヴァージョン2.0」なのか?」 [→要旨
09:30-12 第1部 自由報告 1005教室 (司会 團 康晃(大阪経済大学))
10:30-11:05 李 英(大阪大学大学院)
「同席調停における解決案の模索過程」 [→要旨
11:10-11:45 李 榮賢(神戸大学大学院)
「身体的インストラクションによって導かれるスポーツ規範と美の共有―ポールスポーツのグループレッスン場面を通じて―」 [→要旨
11:50-12:25 安達来愛(一橋大学大学院)
「演劇におけるトラブルへの対応の研究」 [→要旨
13:05-14:30 昼食
14:30-17:30 第二部:企画セッション「成員カテゴリー化装置を再考する」
1004教室 司会:森本郁代(関西学院大学)、團康晃(大阪経済大学)
14:30-14:35 趣旨説明
14:35-15:15 報告1(40分):小宮友根(東北学院大学)
15:15-15:55 報告2(40分):是永 論(立教大学)
15:55-16:35 報告3(40分):西阪 仰(千葉大学)
16:35-16:40 休憩(5分)
16:40-17:30 全体討論(50分)
17:30 閉会

自由報告概要

1.「総合診療科診療における受診の正当化―病院・部門への適合性と受診経路の語り―」
串田秀也(大阪教育大学)・川島理恵(関西外国語大学)・阿部哲也(関西医科大学)
  現代社会に生きる人々は、希少な専門的サービスに多くを依存している。そうしたサービスの利用者は、サービス提供者との相互行為において、自分がサービスを享受する資格を有することを示す必要がある。診療場面の場合、患者は自分の抱える問題を医師に訴えるとき、問題の「医療適合性(doctorability)」に注意を向けて受診を正当化する(Halkowski 2006; Heritage & Robinson 2006)。本研究は、日本の総合診療科初診場面で患者がどのように受診にいたる経緯を説明しているかを分析し、以上の知見をさらに発展させることを意図している。総合診療科の初診場面では、先行研究が指摘したような「患者がなぜ医師のもとを訪ねたのか」に関わる正当化に加えて、2つの特徴が繰り返し観察された。第一に、患者はしばしば「なぜこの病院or診療部門に来たのか」を正当化するプラクティスを用いる。第二に、患者はしばしば、現在の受診だけでなく、現在の受診に至る経路の全体を正当化することに関心を見せる。そして、これらの関心は医師によっても共有されている。発表においては、患者がこれらの付加的側面に関して受診を正当化するプラクティスを例示し、患者は日本に特有のフリーアクセス制の医療提供システムに敏感な形で、医療サービス利用者としての「リテラシー」を表示していることを論じる予定である。
2.「訪問診療・訪問マッサージにおける「嘆き」の理解可能性」
坂井愛理(東京大学大学院)
 本報告は、高齢者や身体に麻痺を持つ患者に対する訪問ケア(訪問診療・訪問マッサージ)の場面において、患者の嘆きがどのように行われているのかを、会話分析の手法を用いて検討するものである。
 嘆きとは、訴え(専門家に対するリクエスト)とは異なり、専門家の対処の外にあるような問題の表出である。医療場面の会話分析の先行研究において、来院の理由となる問題以外の問題(追加的な問題や、心配事の提示など)が訴えられるための場所は、相互行為の全体構造の中には用意されていないことが分かっている(例えば、串田2011; Nishizaka 2010, 2011)。報告では、こうした非公式的な機会の患者による利用に注目する。まずはじめに、典型的な嘆きについて紹介した後、専門家による患部についてのコメントののちに嘆きが行われる事例を考察する。最後に、はじめは訴えとして問題化されていた問題が、嘆きとして展開されなおされる事例について紹介する。分析を通して、嘆きとしてmisplaceされた問題の理解可能性について考察したい。
3.「予備的アクティビティを導入する「~じゃない(ですか)」」
梅村弥生(千葉大学大学院)
 本研究の目的は、日常会話において、いわゆる「否定疑問形式」を用いたやり取りの仕方(プラクティス)が、参与者間の相互行為を組織する中で、どのような行為を達成するかということを、実際の自然会話を通して考察することである。
 「否定疑問文形式」は、疑問文の形式を持ちながら必ずしも聞き手から情報を得ようとするものではなく、また否定の形式でありながら肯定の判断内容を伝えるといった点で非常に特異な性質を持っている。このことから、従来、日本語学の分野では多くの研究が積み重ねられて来た。しかし、こうした研究は、「否定疑問文」を用いた発話を単体で捉え、そこに話し手の主観性(「傾き」や「見込み」)がどのように実現されるかという観点に立ったものである。そのため、我々が日常会話においてこの形式を使うことで、どのような相互行為を組織しているかという点については、未だに十分に明らかにされてきていない。筆者は、約400分の日常会話から、合計129件の「〜じゃない(か)」形式を含む断片を集め、そのうちの33件の会話断片に共通する行為の達成があることを見出した。それは、主たる活動に先立って予備的連鎖を組織し、それを足場にして主たる活動につなげるといった行為を達成していることである。さらに、予備的行為を達成する連鎖には3つの共通する特徴があることも明らかになった。
4.「エスノメソドロジー研究は、「社会学ヴァージョン2.0」なのか?」
岡田光弘(ICU教育研究所・研究員)
目的 エスノメソドロジー研究(以下、EM)の立ち位置を『社会学ワンダーランド』所収、「常識をうまく手放す」において、佐藤俊樹氏が提起した「社会学ヴァージョン1.0」「社会学ヴァージョン1.5」「社会学ヴァージョン2.0」という区別を活用して明らかにすること
方法 エスノメソドロジストたちが、EMと社会学(「構造化論」)、心理学(「心の理論」)、哲学(「心身問題」)などとの関係を論じた文献を収集し、論点を整理し纏めた。その結果から、EMと佐藤の「社会学ヴァージョン1.0」「社会学ヴァージョン1.5」「社会学ヴァージョン2.0」の異同について検討した。
結論 人びとが、常識を活用して、社会秩序を産出して行く実践の記述を行なうEMは、社会学のあり方としては「脱常識」である。佐藤による分類を当てはめれば、EMの主張は、[[[常識は正しい]は正しくない]は正しくない]=[常識は正しい]というものであり、これは「社会学ヴァージョン2.0」の立場に対応する。しかし、EMの立場からすると、この区分の仕方や立論自体が、常識の産物である。EMは、これを概念的な混乱として批判するのではなく、常識を資源とした、社会学的な立論として解明する試みである。
5.「同席調停における解決案の模索過程」
李 英(大阪大学大学院)
 本研究は、日本の民間調停機関(以下は「当調停機関」と略称)で行われた調停の録音に基づき、調停過程においての解決案の模索過程を解明しようとするものである。当調停機関は、裁判所の別席調停と異なって、当事者双方が対面して話し合いを行う、いわゆる同席調停の方式をとっている。調停人は、調停過程の進行をコントロールし、当事者間の話し合いを促進するものとして介在する。
 解決案の模索について、同席調停の実務研究では、ブレインストーミングの方式を導入することで、当事者間で多様な解決案を出し合い、お互いのニーズを同時に満足できる解決案を模索することを主張する場合が多い。また、当事者の自主的紛争解決を支援する理念に基づき、調停⼈は、対話促進役を果たすことにとどまり、当事者に対し専門的見解または解決案を提示することを控えるべきだと捉えている。しかしながら、現実の調停現場に臨むと、調停人が当事者に対し解決案を提示し、当事者が納得するか否かを決定する場合が多々あるように考えられる。このことを踏まえ、本研究では、調停過程において、調停人が当事者に対し解決案を提示し、当事者を納得させる場面を分析することで、その相互行為の構造を解明する。
 その結果、次のような知見が得られた。調停人が当事者に対しある事実の記述を要請する行為は、専門的知識を参照しようとする関心に向けており、当事者により記述される事実は、調停人が専門的知識に基づき、妥当性を持つと想定される解決案を提示するための材料となるという意味で語るべき価値のあるものとして承認される。さらに、解決案が実践的意義を付与されるためには、調停人の専門的判断のみで不十分であり、相手方の納得が不可欠である。他方で、調停人による解決案の提示過程において、調停人の専門的見解が浸透されているにもかかわらず、当事者間の対話を促進させる仕組みが内在されている。
6.「身体的インストラクションによって導かれるスポーツ規範と美の共有―ポールスポーツのグループレッスン場面を通じて―」
李 榮賢(神戸大学大学院)
 本報告では、スポーツのグループレッスン場面において、身体運動に関するインストラクションを通じ、いかにしてスポーツ固有の美がスポーツに関わる社会的規範のインストラクションとともに共有・伝達されるのかを明らかにする。
 本報告では、分析対象としてニュースポーツである競技ポールダンス(以下、ポールスポーツ)のレッスン場面を取りあげる。ポールスポーツとは、競技者が直立のポールを利用して回転などの複数の技を組み合わせた演技をし、その演技の技術的側面・芸術的側面が評価される審美的スポーツの一つである。分析方法についてはポールスポーツが行われる空間(スタジオ)のフィールドワーク、主にはグループレッスン場面のビデオ分析を行う。ビデオ分析では、講師によるインストラクションに焦点を当て、ポールスポーツの固有の美が生徒にどのように伝達・共有されるのかを分析する。
 分析の結果、フィールドワークを通じては、ポールスポーツを行うための設備や服装の規制などの内部規範が存在することが分かった。
 レッスンのインストラクション場面を通じては、レッスン場面は講師による教示行為、生徒の練習行為、課題という要素からなり、(1)レッスン場面の大域的構造は、「①講師による課題の教示 ②生徒の練習 ③講師による練習場面の確認、その評価 ④講師による演技の修正」から構成される。(2)講師は、教示過程の中で身体運動のスタイル(いい例、悪い例)を、オノマトペを使い、伝達する。(3)講師の教示は、生徒の演技に同期する「オンライン型」で行われる。また、教示が身振りに同期している時系列的な特性上、身振りに同期していない講師の教示は、教示としての機能を失う可能性がある。(4)講師による身体運動の美的価値の定式化は、その場に応じて行われ、レッスン場面において絶対的な拘束力をもつ美的価値ではない。
7.「演劇におけるトラブルへの対応の研究」 安達来愛(一橋大学大学院)
 本報告では,会話分析の諸概念のうち「修復」を手がかりに,演劇データを検討する。日常会話でのトラブルへの対応については会話分析での研究が蓄積されているが,演劇の事例におけるトラブルへの対応は日常会話のそれとはどう異なるのか,同じなのか。具体的なデータを用いて検討したい。
 素材はプロの演劇の稽古・公演時のビデオ映像に見られたもので,舞台上でトラブルが生じた際の役者たちの「修繕」過程を分析対象とする。なお,本報告においては,会話分析での「修復」と区別するため,演劇におけるトラブルへの対応のことを「修繕」と定義した。
 分析の結果,発話重複,言い間違いの修繕方法として,「やり直し」,「ひやかし」,「埋め込み訂正」という3つの事例が観察された。1つ目の事例では,ある単位タイプから発話の全体をやり直すという演劇特有の手法が観察されたものの,会話分析でいう順番交替のトラブルに対応する修復と同程度の方法で修繕がなされていた。2つ目の事例では,言い間違いを明示化することで,言い間違いそれ自体を顕在化させないようにする役者たちの努力がみられた。3つ目の事例は,Jefferson(1987)のいう「埋め込み訂正」の事例と位置づけることができた。
 上記の3つの修繕は,演劇のものであるため,観客の理解への指向が反映されていたという点において日常会話の修復とは差異があった。しかし,人々の相互行為の手段としての会話は,舞台場面においてもある共通のメカニズムで作動しており,会話分析での修復はある程度適用可能であることが示唆された。

お問い合わせ

  • この案内に関する問い合わせ先: 森本郁代
  • 研究例会に関する問い合わせは、EMCA研世話人(エスノメソドロジー・会話分析研究会 世話人 )まで
  • 入会手続き等、EMCA研に関する問い合わせは、EMCA研事務局(エスノメソドロジー・会話分析研究会 事務局 )まで

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