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ジョン・ヘリテッジ、ダグラス・メイナード 編著『診療場面のコミュニケーション』 もっと学びたいひとのための文献情報 > 研究会会員の著作紹介

ジョン・ヘリテッジ、ダグラス・メイナード 編著
診療場面のコミュニケーション──会話分析からわかること

目次と書誌

判型・ページ数: A5判・456ページ
発行 2015年9月
定価 3,600円(税込)
978-4-326-70086-8
勁草書房 |
診療場面の中で患者が抱える不安やジレンマとは何か。それらを解消するためのコミュニケーションとは?臨床現場でも,教育場面でも役に立つ議論が満載!
■原著
Heritage, John, and Douglas W. Maynard, eds., 2006, Communication in Medical Care: Interaction between Primary Care Physicians and Patients , Cambridge University Press.
■訳者:川島理恵・樫田美雄・岡田光弘・黒嶋智美
■目次:

日本語版へのまえがき
事例の引用で用いられている記号
凡例
第1章 序論―プライマリ・ケア診療における医師‐患者間相互行為の分析
第2章 患者の心配事を引き出すこと
第3章 受診について説明すること―受療行為の理由づけ
第4章 病気であると気づくこと―症状の発見についての患者のナラティブ
第5章 病気について説明すること―患者による提案と医者の応答
第6章 病歴に関して問うこと―問診中の質問行為
第7章 身体のワーク―臨床上の対象の協同的な産出
第8章 診断について―コミュニケーションすることと応答すること
第9章 診断的合理性について―悪いニュース、良いニュース、および残った微侯
第10章 治療方針の決定―小児科診療における医師と両親の交渉
参考文献
本訳書の活用法
訳者あとがき
索引

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本書から: 第n章(mm-nnページ)より

医療現場におけるコミュニケーションの重要性が唱えられて久しい。しかしなにがコミュニケーショントラブルの引き金になっているのかよくわかっていない。本書は、実際の診療の録音・録画データに基づいて、医師、看護師、患者のコミュニケーションの取り方に、会話分析の知見から具体的な指南を与える。

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翻訳者に聞く ── 一問一答

本訳書を出版しようと思った動機やきっかけを教えてください.
川島さんのプロジェクトへの思いについては「訳者あとがき」にありますので、ここでは、訳者の1人である岡田の思いを述べます。岡田は、1998年3月、初来日したヘリテッジ氏らの運転手をして、講演や研究会以外も、江戸城など、いろいろな場所に同行しました。そのとき、当時、まさに医療分野での会話分析研究が進行し、その成果が蓄積されつつある、というお話を聞きました。それまで、ヘリテッジ氏は『ガーフィンケルとエスノメソドロジー』の著者として有名でした(岡田は、タトル森を経由して同書の仮版権を取得し、邦訳を試みたこともあります)ので、岡田にとって、それは驚きでした。また、そのときに紹介されたハルコウスキー氏の(本書の4章の元になっている)論文は、とてつもなく面白いものでした。その後、川島さんの助けを借り、樫田氏と、2004年にメイナード氏の『悪いニュースをどう知らせるか』を邦訳した経緯もあり、ほぼ10 年後(2006年)に、本書が刊行されたとき、これを翻訳して、紹介したいという思いが湧きました。こうした国内組(特に岡田の)の思いと、直接、編者の両師から教えを受けた川島さんの「恩返し」の思いが結びついたことが、(国内組からみた)この翻訳プロジェクトの出発点です。(岡田)
構想・翻訳期間はどれくらいですか?

構想から数えて結局10年近くかかってしまいました。実際の翻訳機関は5年ほどですが、何度も訳語の統一や細かな打ち合わせなどを経て、実際の翻訳を開始しました。しかし、実際に訳稿が出た後も、様々な点で統一すべきかどうか悩むことが多く、時間がかかりました。(川島)
翻訳作業中のエピソード(苦労した点・楽しかったこと・思いがけないことなど)があれば教えてください。
私は第2、3章を担当させていただき、全てが大変でしたが特に、英語では様々な言い方が可能な、診療場面冒頭で述べられる医師の質問の訳し分けが難しかったです。日本語ではあまり種類がないのではないかということにも気付かされました。また、accountableの訳し方も苦労しました。不安な箇所は著者に直接確認させていただいたりもしました。全体的には、英語特有の、分詞構文や関係節、コロン、セミコロンで長文化した文をどう切り分けるか、どう繋げるかにも腐心しました。(黒嶋)
本書の「売り」は、どのようなところにあるとお考えですか?
とにかく、現場にフィットしていることです。本書中のどのような発見も、どのような教訓も、実践から遊離していないことが本書の「売り」です。たしかに、すこし先にいっている部分はあります。たとえば、9章の「診断的合理性について−悪いニュース、良いニュース、および残された徴候」についていえば、この章が示唆するのは、もはや単純な「バッド・ニュース・テリングの上手なやり方」ではなくて、「診察場面において、医療情報を伝えるからみてとれる医療者-患者関係の一般理論」です。そういうことには、関心がない、という読者の方もいるかもしれません。けれども、実際の記述を読んで頂ければわかるのですが、議論の対象範囲が(悪いニュースから、そうでないニュースに)拡がっても、議論が拡散していってしまったりはしていないのです。むしろ、日本国内では、日増しに「NBM(ナラティブ・ベースド・メディシン」への関心が高まっていますが(たとえば、雑誌『N:ナラティヴとケア』が出始めたのは、2010年からです)、そういう社会的関心からみて、興味深い内容に、議論が深化してきています。
  たとえば、本章における議論の深化の方向を、アーサー・クラインマンの議論と関連づけてのべることができるでしょう。彼が『病いの語り』(誠信書房)で示唆したように、(患者(patient)ではなく)病者(sick person)がどのような世界を生きているのか、という、より重要な問題への入り口として、ニュース・テリングという切り口が使われるようになって来ていると、本章を読むことができると思います(たとえば、「悪いところがない」と医療者から言われることこそが、病者の不安をかき立てるという、「説明し残された徴候」問題こそは、病者の問題であり、病い(イルネス)の問題なのですが、本書を読めば、この「イルネス(ILLNESS)」の問題にアプローチしていくのに、なにもインタビューという方法にだけ頼らなくてもよい、ということがわかってきます。活況を呈しているナラティブ研究と同じターゲットを、ナラティブ研究とはべつの入り口から攻めていく糸口が本書を読めばえられることになるでしょう。そして、それは、おそらくは、本書の各章が徹頭徹尾、現場にフィットした考察を行っているからなのです。
  だからこそ、「医学教育」に役に立つのだ、と「本訳書の使い方」では、書きました。理論的一般化をはかりつつ、現場性をも失っていない本書の各章は、しばしば「学習項目化」という一般化プロセスにおいて、現場で起きていることから離れていってしまう「教育活動」というものに、現場性を取り戻す道具として有効に働きます。このあたりが、私が考える本書の「売り」なので、是非とも、熟読玩味して頂いて、各専門職の方には、本書の意義と価値を現実化して頂きたいです。(樫田)
実践家にとくに読んでほしい箇所はありますか? またその理由は?
本書は、様々な現場に携わる医療者の方々に読んで頂きたいと考えています。例えば、医療者救急医療の現場では、医療者のコミュニケーション能力は欠かせないものです。非日常的な状況に追い込まれた患者家族を安心させるにはどういう声かけをすればいいのか?どうしたら困難な状況を理解・受容してもらえるのか?本書は、医療者が日常的に直面するこうした課題を解決するための、また患者・家族とのコミュニケーションを円滑に進めるための具体的なヒントを数多く提供しています。(川島)
そのほかに読んでいただきたい方々と、その箇所をお教えください。
ドナルド・A. ショーン 『省察的実践とは何か─プロフェッショナルの行為と思考』(柳沢昌一・三輪建二 訳、鳳書房、2007年)の読者の方に、本書を薦めたく思っています。箇所としては、本訳書の結論ではなく、会話や動作の「抜粋」を扱った、具体的な分析の部分ですね。そこらへんを特によんで欲しいと思います。
よんでもらいたい理由は、「あなたが求めているものがここにあるから」、です。ショーンを読んで、その主張には納得した方であっても、結論にたどり着く方法に不充足感を感じている方が多いのではないでしょうか。『省察的実践とは何か』では、方法論的に十分なものが提供されていないなあ、という乾きを感じている方は、この訳書を読むことによって、ある程度その乾きが癒やされるのではないでしょうか。
  現在(2015年9月28日)、ショーンの読書会が東京で行われていて、人気だと聞いていますので、そんなことを思いました。
  徳島大学から移動して、関わりを持つようになって気がついたのですが、看護の世界でも、ショーンに言及がなされることは多いです。でも、それなら、ショーンを読んで、よくある形の引用をして修論に花を添えるより、本訳書の読書会でも行って、本訳書からの引用を、オリジナルな形で行って修論に実質性を加えた方が、データに基づいた研究に向かっての展望も開かれていくし、日本の専門職養成大学における研究の未来は明るいのではないか、と、最近は思っています。そういうことで、もし、それなりにニーズがあるのなら、ちょっと本訳書の読書会なども企画してみてもよいのかな、とも思っています。ご関心のある方は、どうぞお声がけ下さい。通読する読書会を開くと大変だ、ということなら、4〜5人あつまって、各人が、希望の章を発表する形で、1〜2回の企画なら、それほどお互いの負担にもなりませんし、年内に関西で開くことを考えようかな、と思っています。ただ、そのときには、本書を購入することが参加の条件です(笑)。まあ、そんなことを考えています。(連絡先:kashida.yoshio[at]nifty.ne.jp:樫田美雄=神戸市看護大学所属=)(樫田)
どのような方に、どのような仕方でこの本を読んでほしいとお考えですか?
また読む際の留意点がありましたら、教えてください。
様々な方に手にとっていただきたいですが,特に,会話分析に興味,関心があるけれどまだ本格的に勉強を始めていない方におすすめしたい気持ちです.相互行為を細かく見ることで見えてくる,参与者たちの示している活動に対する志向性が様々に議論されており,診療場面という特定の社会的組織の構造の特徴ではありますが,それらは彼らにとって当たり前に行っていることであり,それらをどう提示すれば読者にとって納得がいくものになるのか,その議論の組み立て方が具体的にご理解いただけるのではないかと思います.読む際には,隅から隅まで,脚注ももらさずに読んでいただきたいと思います.そうすることでより本文の議論に対する理解が深まっていくことを願っています.(黒嶋)

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書評情報

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本書で扱われていること ── キーワード集

会話分析、相互行為分析、医師-患者関係、ヘルスコミュニケーション

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